【公判調書1917丁〜】
「第三十九回公判調書(供述)」㉔
証人=中 勲(五十七歳・埼玉県消防防災課長。事件当時、埼玉県警刑事部長)
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山上弁護人=「石田一義さんの所に通う人は、これは、こういう聞き方は漠然としておりますが、職業は、どういうことで石田一義さんの所へ出入りするのですか」
証人=「これは、豚の取引でございます。それから飼料の関係です」
山上弁護人=「そういう職業に従事している人は、入間川付近には多いのですか、少ないのですか」
証人=「ちょっと分かりませんです」
山上弁護人=「そんなことないでしょう」
証人=「特別多くはないんじゃないでしょうか」
山上弁護人=「もっとはっきり言えば、少ないんでしょう」
証人=「いや最近はけっこう・・・・・・」
山上弁護人=「最近じゃありません、当時」
証人=「少ないこともないと思うんですが、一応県からすれば一般的だと思います。入間川が特に少ないということはないと思います」
山上弁護人=「署名、筆跡を調べる対象となった方ですね、これは石田一義さんの所に通っておられる豚の取引、或いはえさ、そういうものでございますね」
証人=「それから家族ですね。家族にもいただいております」
山上弁護人=「中田栄作さんですね、中田さんのお家の方がこの石田一義さんの所と取引があるというか、出入りするというか、そういうことはあるんですか」
証人=「なかったと思います」
山上弁護人=「すると、石田一義さんの所に出入りするような人たちは中農ですか、富農、貧農ですか」
証人=「分かりませんです」
山上弁護人=「中田栄作さんのうちは中農とおっしゃいましたね」
証人=「はい」
山上弁護人=「それに較べてどうですか」
証人=「私は実態をつかんでおりませんので分かりません。石田一義さん自体は相当裕福な暮らしをしておったように思いますが」
山上弁護人=「石田一義さんの所に出入りする範囲の人たちで筆跡をあたった人たちは、石川一雄くんの家と較べてどうですか、生活程度は」
証人=「分かりません。実際に私も見ておりませんし、私はとってきたものの報告を受けるだけでございますから、生活内容その他につきましては全然分かりません」
山上弁護人=「あなたは、先ほど特殊部落ということは知っておると、石川くんがそういう出身であるということも知っていると、こういうご証言ですね」
証人=「あとで知りました」
山上弁護人=「あなたは、石川一雄くんを取調べる横の部屋で様子を聞いておったことがありますね」
証人=「ございます」
山上弁護人=「印象を言うて下さい、どうでした」
証人=「どうと申しますと」
山上弁護人=「つまり、こういう言葉が適当かどうか知りませんが、ああ、これは落ちるなとクロと思ったか、シロと思ったか」
証人=「私が聞きましたのは、狭山へは全然行っておりません。狭山警察の取調べには。で、川越分室に移りましてから、何となく聞こえますんで、そばへ行きました。ですから、自供を始めてからが大体でございます」
山上弁護人=「普通あなたが事件の捜査に当たられた場合ですね、隣でわざわざ、本部の刑事部長さんがそばで聞くという経験がございますか」
証人=「あります。大きい事件につきましては、大体取調べ状況を聞くのが普通でございます」
山上弁護人=「大きい事件、言うて下さい」
証人=「殺人事件とか・・・・・・」
山上弁護人=「具体的に言って下さい。あなたがそばで聞いたという大きい事件は」
証人=「たとえばロングプリー事件とか、世間の耳目を聳動するような事件につきましては、大体行って取調べの様子を聞くのが普通です」
山上弁護人=「耳目を聳動する事件は、埼玉で言えば何ですか、あなたはずっと埼玉ですね」
証人=「私が扱いましたのはロングプリー事件です」
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裁判長=「どういう事件ですか」
証人=「アメリカの兵隊が宮村祥之君という青年を、列車をめがけて射ちました玉が当たりまして起きました日米関係の事件です。それからすぐ後に一ヶ月ほど置きまして、やはり同様の事件が、これはアメリカの軍人の、名前を失念いたしましたけれども、そういう事件であるとか、たとえばその後起きました浦和と大宮にまたがるアベック殺人事件とか、そういう事件につきましては機会があれば、直接部屋へは入りませんけれども、聞くということがあります」
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山上弁護人=「聞かれる動機は、簡単な事件であればなお聞きに行くことになるのか、なかなか難しい事件ということで、あなたが聞きに行くんですか。本部の刑事部長さんが取調室の横で聞くということは、何かそこに動機、目的、必要があるから行かれるんでしょう」
証人=「捜査上の必要だけで、ほかに動機、目的はございません。通常行なっております」
山上弁護人=「捜査上の必要で行かれたんですね」
証人=「左様でございます」(続く)
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○石田養豚場に出入りする人達が富農か貧農か、どうなんだと執拗に弁護人は問うのだが、この質問の仕方自体が富農、中農、貧農と、すでに弁護人自身が農家の経済状態を三段階に分け、言い換えれば差をつけて表現しているわけで、結論から言えばこれは本件にとって無益な尋問であったのではなかろうかと私は思った。
写真は事件当時の狭山市堀兼付近。