【公判調書1879丁〜】
「第三十九回公判調書(供述)」⑩
証人=新井 実(三十五歳・埼玉県警察本部刑事部鑑識課勤務、技術吏員)
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山上弁護人=「直接関係しませんが、あなたがこの万年筆を渡されたのは幹部だとおっしゃいましたね」
証人=「はい」
山上弁護人=「幹部だというのはどうしてわかるんですか。名前わかりますか」
証人=「名前わかりません」
山上弁護人=「幹部というのは」
証人=「この場合ですね、私のほうに出入りしておった者が幹部級の人が多かったもんですから、そういう関係で幹部じゃないかと思ったわけですが」
山上弁護人=「あなたのところに出入りしておった幹部級の方の名前を憶えていたら二、三出して下さい、万年筆の関係で」
証人=「そうですね、捜査一課の方々じゃなかったかと思うんですが。幹部の方ですね」
山上弁護人=「あなたが幹部というのはどの程度の範囲のことをおっしゃるんですか」
証人=「警部級以上の人ですね」
山上弁護人=「あるいは御記憶がないかもしれませんけれども、万年筆を渡された場所ですね、時間。これは先ほどちょっとお触れになりましたけれども、鑑定をする場所にあなたが、たとえば坐っておられるときに、その人が入ってきて渡したとか、どういう風な渡し方でございますか」
証人=「これは私、記憶にないんですけれども、坐っているところへ持ってこられたのか、私がたまたま部屋にいなかったときに持ってきたものか、それは記憶にないんです」
山上弁護人=「渡されたときの授受の記憶はない、しかし幹部ということは憶えておるんですか」
証人=「はい。おそらく出入りしておったのは幹部級の方々でしたから、おそらく幹部級の方ではないかと思うんですが」
山上弁護人=「それは狭山警察署のですか」
証人=「それは捜査本部の方が出入りしておりましたから」
山上弁護人=「県警本部の捜査一課の幹部の警部級以上の方だと」
証人=「はい」
山上弁護人=「そうすると、極端なことを言えば本部長も含まれるということになりますか」
証人=「本部長はこの場合、本部におりませんから」
山上弁護人=「名前は全然記憶にありませんか」
証人=「ありません」
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福地弁護人=「あなたのところへ万年筆を持ってきたのは小島朝政さんじゃないですか」
証人=「形式的にはそういうことになるかも知れませんが、私、わからないんですが一応、差押、検証官は、長は小島さんになっておりますから、形式的には小島さんになると思うんですが、私に直に持ってきた方は覚えがないんです」
福地弁護人=「小島さんから直に受け取った記憶はないんですか」
証人=「ないですね。誰が持ってきたかということは私、記憶にないんですけれども」
福地弁護人=「それから、家宅捜索があるような場合に、指紋係というのは一緒について行くことはございますか」
証人=「指紋係ですか、私は家宅捜索に従事したことはあまりないんですけれども、この二回の捜索には、これには指紋係は一名もついて行っておりません」
福地弁護人=「あなたの御証言だと、万年筆を捜しに行ったと」
証人=「いや、万年筆を捜しに行ったということは言いません」
福地弁護人=「家宅捜索に行ったということは聞いたわけですね」
証人=「はい」
福地弁護人=「それをお聞きになったのはいつでしょうか」
証人=「時間はわかりませんけれども、私の同室の鑑識課員がこれから行くんだということを話してくれましたからそれでわかったわけです」
福地弁護人=「それは当日ですか」
証人=「当日です。当時一日おきだったもんですから、私の勤務がですね」
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熊野弁護人=「先ほどの御証言の中で、鑑識の方が常時手袋をしておるというお話がございましたですが、現場に臨まれるときももちろんそうですね」
証人=「そうです」
熊野弁護人=「そうすると、現場の中でそういう捜索品を持ち出すときも、当然そういう手袋をされた方が持ってくるわけですか」
証人=「この場合、証拠物ですか」
熊野弁護人=「証拠物を持ってくる場合」
証人=「当然これは手袋をして持ってくるべきじゃないかと思うんですが」
熊野弁護人=「そうすると、現場から取り出すのもそういう人が取り出すんですか、たとえば机の上に万年筆が置いてあってそれを取り上げる際に、取り上げるのもそういう手袋をした人が取り上げるわけですか」
証人=「それが常識じゃないかと私は思うんですが」
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裁判所速記官 佐藤房未
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○新井証人から「(証拠物を持ってくる場合)当然これは手袋をして持ってくるべき」「それが常識じゃないか」との言質を取った弁護人はここで尋問を終える。
だが、次に引用する写真は新井証人はもとより、いや鑑識課など及ばず警察組織全体をたじろがせたことは想像に難くない。
写真は、石川被告人宅の鴨居の上で見つかった万年筆を、捜査員が立会人の兄に素手で取り出させた状況。この、一目瞭然である重大な問題を孕む証拠物の押収方法は、今以てこの裁判が誤判であることの、その要素の一部を成しており、したがって狭山事件再審に対する機運を高めるためにも当該写真は今後も積極的に引用してゆこう。(写真は"無実の獄25年・狭山事件写真集=部落解放同盟中央本部中央狭山闘争本部・編、解放出版社"より引用)