アル中の脳内日記

アル中親父による一人雑談ブログ

狭山の黒い闇に触れる 595

【公判調書1869丁〜】

              「第三十九回公判調書(供述)」⑤

○証人=新井  実(三十五歳・埼玉県警察本部刑事部鑑識課勤務、技術吏員)

植木弁護人=「普通、その特徴点は何ヶ所くらいあることが必要なんですか」

証人=「大体まあ、わが国でやっている方法は十二点方式と申しまして、指紋の特徴は十二点以上あれば同一の指であるという結論に達しております。これは日本の場合、大体大多数の県の警察、または警視庁あたりでも同じ方法じゃないかと思うんですけれども、それがたまたまこの場合三ヶ所ということですね」

植木弁護人=「その三ヶ所しかなかったというのは、どういう原因によってそういう特徴点が少なかったということですか」

証人=「それは私にはわかりません」

植木弁護人=「隆線模様の付着している部分が非常に狭いとか」

証人=「ごく少ない印象部分であったということは言えると思いますね」

植木弁護人=「あるいは隆線模様自身が非常に稀薄というかね、薄い。そういうことは」

証人=「じゃなかったです」

植木弁護人=「隆線模様は比較的鮮明」

証人=「鮮明というか、粉末の乗り具合が大体適当じゃなかったかと私は思うんですが」

植木弁護人=「ただその印象部分が少なかったということですか」

証人=「印象部分が少なかったということです」

植木弁護人=「ところで、そのあとに写真を小堀二郎さんが作成したと、こう書いてありますが」

証人=「はい」

植木弁護人=「これはあなたが依頼されてしたんですか」

証人=「これはですね、一応この報告書を作成する関係上、一応お願いしたんじゃないかと思うんですけれども、私記憶にございませんけれども、通常、こういう事件の場合は写真撮っておりますのでお願いしたと思うんですが」

植木弁護人=「この小堀さんはその指紋の検出のための作業には」

証人=「従事しませんでした」

植木弁護人=「従事してなかったということは間違いないんですか」

証人=「間違いありません」

植木弁護人=「写真があるのは結構なんですけれども、この異同の検査が難しいとしても隆線模様の印象を写真に撮影しなかったんでしょうか」

証人=「これは拡大写真が一応私のほうにあると思うんですけれども、ちょっと記録はどこにいったか分からないんですけれども、おそらく参考に取ってあるのがございます」

植木弁護人=「あるんですか」

証人=「はい、あります」

植木弁護人=「それはこちらにお出になるに際して捜して見たんですか」

証人=「一応、捜したんですけれども、まだ捜し方が足りなかったかも知れませんが、まだ見つかっておりません。それはこれに添付してあるゼラチン紙が三個ありますが、それを拡大すればわかります。(証人は、報告書末尾添付のゼラチン紙を取り出し)これを拡大しただけですから、これを拡大して頂ければ同じものが出来上がります。それを御覧になるとわかると思うんですが」

植木弁護人=「これは実物大ですか」

証人=「実物大です。じかに転写したものですから」

植木弁護人=「その万年筆の指紋を検出してくれということで幹部から渡されるに際して、あるいはそれ以前でもいいですが、その万年筆がどういう状態にあったとか、あるいは一応、誰が持ったとかといったような情報は提供されないんですか」

証人=「情報は提供されません」

植木弁護人=「一般的にそうなんですか」

証人=「一般的に、この事件に関しては私存じなかったですね」

植木弁護人=「これは完全な例えですけれども、万年筆が溝の中に入っておって濡れておったとか、あるいは土中に埋まっておったとか、あるいは、そうでなくて家の中の抽き出しの中に入っておったのだとか、そういう万年筆が検出に至るまでにさらされておった状況というのは検出の方法等には相当考慮しなくちゃいかんわけでしょう」

証人=「そうですね」

植木弁護人=「ですから、そういう情報は当然あなたとしても確かめるか調べる必要があるんじゃないでしょうか」

証人=「この場合、何か捜索があるという話は聞いておりましたが、この万年筆自体がどこにどういう風にあったかということは聞いておりません」

植木弁護人=「聞いてみる必要は感じなかったわけですか」

証人=「これは肉眼的に見れば濡れているものでしたら、先ほど申し上げましたように、粉末が多量に付着しちゃう場合がございますから考えなくちゃなりませんが、一応手に取ってみた状態ですとそれほどのものではなかったですから、先ほど申し上げましたこのような方法で指紋の検出をしたと、こういうことです」

                                          *

○調書の引用は続く。

本日は朝風呂に浸かり、さっぱりしたところで古本の整理などに勤しむ。

世間では雑本扱いされ、読み終えたら捨てられていたであろう類いの、しかし私には輝いて見える古本を箱にまとめた。改めてその背表紙を眺めると昭和時代に起きた事件関連が大半を占めており、己れの趣味・趣向が如何に偏ったものか認識させられる。しかし雑本とはいえ、深夜も丑三つ時、ロウソクの灯のもとでこれらの頁をめくる快感はなかなか他の本では味わえない。

箱内右端の「捜査一課長・清水一行」は小説という形をとってはいるが、実は昭和四十九年兵庫県で発生した甲山学園園児連続殺害事件を扱ったものだ。この本はやがて絶版に追い込まれ、埼玉県立図書館、検閲・禁書リストに名を連ねることになるが、その理由は黒く深い。作中に登場する被告人の、最初に逮捕された当時の行動や発言、さらに捜査官、学園関係者らの情況が実に詳細に描かれるが、当時捜査は進行中であるにも関わらず、その記述は甲山事件捜査資料そのものから登場人物や場所の名を変えただけの内容であることが判明し、裁判沙汰へと発展してゆく。事実、この作品は被告人が真犯人であるとの視点で書かれており、巷では、警察側が被告人が真犯人だとの世論によるバックアップを目論み作家に捜査資料を流した、などとの噂が流れた。

甲山事件で被告人とされた方は無罪確定後、作家と出版社を名誉毀損・捜査資料引用等で訴え、両者には裁判所により賠償金支払いの判決が下される。

なお、平成十一年、誤認逮捕で始まった甲山事件の刑事裁判の審理は終了、被告人は無罪となる。