【公判調書1596丁〜】
「現場足跡は偽造された」 植木敬夫
二、足跡採取の怪
さて、この実況見分調書の記載は、一見なんの変哲もないように見える。しかし、すこし注意して読むと、われわれ法律実務家の常識からはとても素直には受取れない、数々の問題を含んでいることが直ぐにわかるのである。
(一)、『まず、ごく常識的に考えて、犯人が五月二日の夜潜んでいた地点も、その周辺も、同じ畑の中なのであるから、犯人が潜んでいた地点にも同じ足跡があった筈があった筈であるのに、そのことの記載がないのはどういうわけであろうか。もっとも、そこは犯人が幾重にも踏み固めてしまって一定の形を成した足跡がなかったと弁解できるかも知れないが、そこが犯人の潜んでいた地点に間違いないならば、少なくともそこへ犯人がやって来、そしてそこから逃げて行った経路に足跡が付かないわけは絶対にないのである。まして、足跡は、それが発見し得るものならば、この事件では脅迫状につづく犯人発見のための二番目の重要な手懸かりになるはずのものであった。そして犯人の潜んでいた地点が確認出来たとすれば、そこへ来る、またはそこから出て行く足跡は犯人のものに間違いないのであるから、その経路を辿って鮮明な足跡の発見に努めなければならないことは、極めて初歩的な常識であるから、警察官たるものがそれに気付かないはずはないであろう。
ところが、この調書には、犯人の潜んでいた場所 (のちに裁判所の検証で立会人の指示した場所) から少し離れた県道寄りのところに、たった「一ヶ」の足跡があったと書いてあるだけで、犯人の潜んでいた場所にも触れていなければ、もちろん、そこと「一ヶ」の足跡との関係にも触れていないのである。
なんとも奇怪な調書ではなかろうか』
*次回(二)へ続く。