アル中の脳内日記

アル中親父による一人雑談ブログ

狭山の黒い闇に触れる

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ここに写っている古本は「せどり」目的で入手したわけではない。古本転売という闇稼業に向かいつつも、それ以前から興味を持ち集め始めていた、私にとっては重要特殊資料と呼んでも差し支えない古本群である。ちなみに全て狭山事件に関連した書籍である。                                        

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私はこの事件に関して当初、面白半分に推理をしたり犯人探しを試みていたが、再審請求の記事を目にし、部落問題を知り、冤罪の恐れがあると判ると狭山事件公判調書」が原点であり終着点ではないかと思い始めるに至った。(写真下は狭山事件公判調書)                

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石川一雄さんによる再審請求が認められない現在、この「狭山事件公判調書」が生きているわけで、狭山事件に関心を持った者が読むべきは、この記録しかないのではないか。第三者の主観が入り混じった書物は、情報としての確度が相当に下がると私は判断した。これに気付くのに10年以上かかったが。今、私はノートと鉛筆を持って狭山中央図書館に通い、所蔵されている狭山事件公判調書(貸し出し禁止)」と向き合っている。記録を自分自身で読むと、雑音が入らない分、この裁判が「おやっ?」と思わせる部分が割とある事に気づくのであった。



TAMIYA 1/35 犯罪者ミニチュアシリーズ?

「こ、これは素晴らしい!ほ、欲しい。一気に十箱ほど買いそうだ!」単なる妄想に、勝手に物質欲がほとばしり「待たせやがって、タミヤめ!」とニヤけた。

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世界的有名人であるこの犯罪者が、世界のタミヤから満を持して発売される!昭和の世代は激しい興奮に襲われ、平成、令和の世代もつられて大ブーム到来である。そして、さらにトドメをさす第二弾が発売予定だ

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うわぁー、たまらんな。マニアはジュラルミンケースの中に、自作した給料袋を詰め、恋ヶ窪の雑木林から採取した土を振りかけ科捜研の鑑定に備えるだろう。私はこの素晴らしい発想を実現したく、田宮模型企画課と相談する用意があるが、いかがでしょうかな。   他にもミュージシャンシリーズと称し、ジミ ヘンドリクスやジェイムズ ブラウンの模型化などを妄想しておるが、権利関係をクリアするのは難しそうですなぁ。

幟(のぼり)

不意に、電信柱の裏から現れたこの幟を見て、私は緊張感に包まれた。この類いの幟や看板は、寂しげな通学路や公園などでよく見られ、そこを通行する人びと(あえて言えば、女性、子供、高齢者)に対する注意喚起を目的に設置されたと思われる。                                                             

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不審者に注意?「不審者」の「不審」とは、〈「審」=はっきりしている様子を表す言葉であり、「不審」とは、はっきりしていない、疑わしいという意味の単語〉と定義されている。つまり疑わしい人間、であるが、不審者か否か、を何によって判断するのか、その基準とは何だろう。何かの理由があり疑わしいと判断する以上、これを明確にせねばなるまい。私は路肩に転がる一斗缶に腰掛け煙草に火をつけた。あんぐりと口を開け、煙りの輪をいくつも吐きだすと、効きだしたニコチンで両眼の焦点がずれてくる。煙りの行方を見送りながら、時折通過する車を眺めていたが、車内の家族連れが私を指差す姿が見えた。それはまさに「私に注意」していたのであった。





末路

押入れの中を整理中、探していた本が見つかったが、   

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見事にダブっていた。最近ではこの類いの古本ですらアマゾンあたりでは数千円の値がつけられているが、  

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¥105と¥500で買っていた私の価値基準は正常だったと思う。¥500の方は、蕨市にある「なごみ堂」で入手したが、すると多分、もともとこの本は高円寺の西部古書会館開催の古本市で、¥200あたりで転がっていたと推理できる。¥300が店主の儲けであるが、コストを考えれば納得の値付けであろう。さてこんな雑本をなぜ買ったのか。その理由は本書の後半部分に集中している。著者が、豊田商事会長、永野一男の出生にまつわる謎を解明するため、愛知県や岐阜県を訪ね、男のルーツを明らかにしてゆく様が書かれておるが、なかなか良いルポとなっていて興味をそそられたのである。甚大な被害者、被害額を生んだこの事件であるが、永野一男の過去が明らかになるにつれ、  虚しくやるせない、こんな生き方しか残されなかった男だったかと、憐れみの情だけが残ったのであった。

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(画像=本書より転載) 永野一男会長は昭和六十年六月十八日に刺殺される。本書は昭和六十年七月十日第七刷発行であり、執筆時点において、この展開は予想外であったと思われる。手と手を合わせ合掌した。


挑戦状[東北弁版]

ストズズダバアズガルベナ。ゼンコズーオグ(10億)ドツンカイシャッキロアズメロヤ。ゼンコドツン(現金と金塊)は、スロ(白)がアァボレのレエトバンさエレデ、アスタゴゴゴズマデサ(明日の午後五時までに)フズエブツォーのタガヅギのエのメエさオゲヤ。クルマッコサハ、ホグセツサクワスウ、ケエシャノウンテンスダゲノッテロヤ。レンラグダバフズエのエさスル。コノゴドオセデエノ、トルスィギサギのズンコウのステンチョオド、ケエシャのウンテンスド金子ドフズエダゲダ。ケサヅサスラセダラ、ストズズバカナラズコロスベナ。ケサヅサモ、ケシャサモ、電電コシャサモナガマエル。ギャグタンズすてもスグワガッペヤ。フズエのエど、ケェシャ、ミハテルド。かんさいのツヅドタガヅギのツヅド、メモヨオスド、カグモノモデ。ゼンコやツン、クルマサスカゲスンナ。メエグもムセンもイラネガラナ。ウンテンスサケイズツカッタラバサッサドワガルガラナ。デンワモサッサドヤレヤ、シャベラネエデカゲ。ゼンコモラッタラバ、ヨグスラベデ、アドデストズズケエス。ゼンコハフレエサヅデヨゴセ。トリヒギハスネ。ユゴドダゲキゲヤ(ケエズンニズウイヅメンソ)。私が尊敬する、とある犯罪グループが発信した文章があり、それは関西弁で記述されていた。この方言(一説では標準語)は私も大好きであるが、しかし、もしこの挑戦状が東北弁で書かれていた場合、果たして意思の疎通は可能であるのか?かねてから疑問に思っていた。そこで犯罪グループから発信された文章の一つを東北弁に変換してみた。(ここで言う東北弁とは、私が十八歳まで生まれ育った岩手県奥州市での、両親、親戚、友人などに囲まれた環境において身に付いた東北弁を指す。種々雑多な人間関係が生まれ、深く付き合うと互いの方言が合体と研削を経て、どっちつかずな方言を生み出す。したがって上記の変換文は、学説等の解釈からすれば東北弁からは程遠いところにあるかも分からぬが、まぎれもなく私が田舎でしゃべっていた言葉を使用した。) しかしながら、この変換文は無駄が一切省かれた文章(そもそも原文の出来が良い)であるのに、分かりづらい。冒頭の「ストズズダバ」からしてLED-ZEP好きならば「移民の歌」のバスドラムパターンかと勘違いし、長髪の頭を振り出すだろう。この文章を受け取った企業、警察、マスコミは解読に一週間は持って行かれ、送った側も、標準語で書かないという社会不適合ぶりが仇となり、事件そのものが不成立に繋がるだろう。久しぶりに故郷の方言を思い出した。喋っている時は気が付かぬが、文字で表わすとほぼ暗号と見間違う。  日本の諜報部員が東北弁を採用する日は近いのかも知れない。



トタン小屋GT-R

畑や田んぼを眺めながら散歩していると、どうしても興味を引かれる建築物をよく見かける。たとえば・・

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これである。程よく景色に馴染み昭和の哀愁漂う、誰の記憶にも残らぬだろう、古いトタン小屋。しかし、この目立たぬ、どこの農村にも点在するボロ小屋こそ地下活動家の拠点に適しているのだ。いや、地下活動家だけでなく逃亡犯、ホームレス、テロリスト、野犬、茶道家、締切が迫った作家、囚人などなど、意外とこういった小屋を必要とする変人は多いかもしれない。贅沢な環境に囲まれて、それぞれが充実した日々を満喫できるだろう。警察のローラー作戦すらこの小屋までは及ばない筈だ。自由で無税とは素晴らしすぎる。ちなみに私の好みは下のタイプだ。        

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左側で毛づくろいをする茶トラの猫がこの小屋の管理人である。茶碗一杯のカリカリで一泊できる。向こう側の畑には地雷を埋め、公安職員の接近を防ごうか。   小屋の四隅に車輪を取り付け、有事の際は移動可能に改造したい。すると屋根にはソーラーパネルを設置し太陽光発電型自力移動小屋として完成させねばなるまい。ステアリングシステムを組み方向転換可能にし、   するとノンスリップデフも必要だな。屋内はロールバー、レカロのシート、モモのウッドステアリングで武装したい。小屋のスケールに合わせ特注した   RSワタナベ=マグネシウムホイール10インチ、これに同じくピレリに特注したP7を履かせ、サスはビルシュタインかコニー、迷うなぁ。迷うと言えば動力源であるが、太陽光発電システムは緊急時の補助動力源として残し、メイン動力は24バルブDOHC(クロスフロータイプ)エンジンに決定、タコ足、デュアルマフラー、キャブはウェーバーDCOE(マニーホールド内ディンプル加工)を奢る。フゥーッ完璧、完璧。          

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アイドリング中のトタン小屋GT-R。板金屋によってサーフラインも再現され(虫めがねで確認できる)今やイグニッションキーをひねるだけであるが、そうだ、私は散歩中であったな。小屋などどうでもいい。入間川沿いで自生大麻でも探そうか。



腐れ縁。

早朝、近所の道端でコインを拾った。まもなく、この物質は十日ほど前に路上で発見するも、五百円玉に似たコインと判明、怒りに任せ蹴飛ばしベンツに命中せしめた、あのパチスロコインだと気付く。なぜここにある?素早く地面に伏せ、よもや、これはベンツオーナーである暴力系運転手のワナで、私をおびき寄せているのかと警戒するが、辺りに人影はなく安堵の溜息を吐いた。捨てられたパチスロコインに二度も喰い付いた私は、その崇高な観察眼に自分を称えた。再度、コインを蹴ろうとする寸前、三たびコイツによる詐欺に会わぬよう考え直しソッと懐に仕舞い、入間川にでも沈めようかと微笑む。さて、自信に満ちた私は早朝から、なぜここにいるのか思い出し、松屋へ急いだ。二百九十円の朝食に舌鼓をうちながら、懐からパチスロコインを取り出し、確実に五百円玉では無いのか鑑定を始める。ミニ牛小鉢の肉量が多く感動する。                            

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コイツめ。憎しみを込めて見つめていたが・・・・。

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コココッ、コレは五百円玉ではなく、まして堕落の象徴パチスロコインであるわけでもなく、れっきとした1ドル銀貨である事が判明、鑑定結果は「Dollar silver coin」と確定した。う、嬉しいのであるが、これを二度も見放しかけた私の、「崇高な観察眼」は全く機能せず、ただ「拾う」という癖が功を奏しだだけであった。ともあれ何かの腐れ縁であろう、アジトに戻り自慢の耐震・耐火金庫にしまい込んだ。                          

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万札。アッ、子供銀行?