【公判調書2973丁〜】
「第五十六回公判調書(供述)」
証人=遠藤 三(かつ)・七十歳
*
福地弁護人=「張込みは普通の、警察官の服装で行ったんですか」
証人=「そうじゃなくて私服です」
福地弁護人=「背広を着て行った」
証人=「背広だと記憶してますが」
福地弁護人=「靴は」
証人=「皮靴じゃなかったかと記憶してますが」
福地弁護人=「あなたは当夜、呼子、笛を持って行きましたか」
証人=「持って行きました」
福地弁護人=「ピストルは」
証人=「拳銃は持っておりません」
福地弁護人=「持っていた物は何と何ですか」
証人=「それはどういう意味合いですか。持っていた物というのは」
福地弁護人=「つまり張込みに行くのは、犯人を捕まえに行くわけでしょう。犯人を逮捕する為にいろんな道具を持って行くと思われるから聞くんです。どういう物を持って行ったか」
証人=「いわゆる警笛、捕縄、警察官の身分証明書、手帳」
福地弁護人=「それだけですか」
証人=「そのほか、鼻紙もあればハンカチもある」
福地弁護人=「懐中電灯は持って行かなかったのですか」
証人=「持って行きました」
福地弁護人=「どういう懐中電灯ですか」
証人=「電池が二本入る、懐中電灯だと思います」
福地弁護人=「トランシーバー、携帯無線機ですね、そういう類いの物は持って行かなかったですか」
証人=「持ちません」
福地弁護人=「五月二日の夜、あなたは張込みをしていましたね」
証人=「はい」
福地弁護人=「何か、異常がありましたか」
証人=「特別、異常ということもございませんが、ただ、上司の者が犯人に逃げられたということで来ました」
福地弁護人=「それはいつ頃来たんですか」
証人=「二時か、三時じゃないかと思いますが、その点はっきり覚えていません」
福地弁護人=「それを聞いた場所は」
証人=「聞いた場所は、張込みの場所です」
福地弁護人=「すると、二時か三時ごろか、あなたは張込みの場所にずっといたわけですね。張込み続けたわけですね」
証人=「さようでございます」
福地弁護人=「それを聞くまでは別に場所は移動してませんか」
証人=「移動して、おりません」
福地弁護人=「その、犯人に逃げられたことを告げに来た上司の名前は」
証人=「大谷木警部だったか、山下警部だったか、と思います」
福地弁護人=「犯人に逃げられたという連絡を大谷木警部か山下警部が教えに来たんですね」
証人=「教えに来たんじゃなくて、犯人に逃げられちゃったが、こっちの方へ逃げて来なかったかということだったと思います」
福地弁護人=「それは逃げた直後のようでしたか、それとも逃げられて一段落ついたあとだったですか」
証人=「逃げられた直後じゃなかったかと思います」
福地弁護人=「慌てふためいて、走って来たような格好ですか」
証人=「さようでございます」
福地弁護人=「大谷木警部か山下警部が来る前に、佐野屋の方向で何か、変わった状況がありましたでしたか」
証人=「気がつきませんでした」
福地弁護人=「あなたは佐野屋から三百メートルぐらい離れていると言いましたね、あなたの張込んでいる場所は」
証人=「そうです」
福地弁護人=「そこで、大谷木警部か山下警部が来たあと、あなたはどういう行動を取りましたか」
証人=「近辺の捜索というか、捜査というか、茶畑その他がその辺にあったような記憶がしてますが、その辺、あっち捜し、こっち捜し、やったように記憶してます」
福地弁護人=「それは、暗い、その夜の内にですか」
証人=「夜の内です」
(続く)
*
証人の言う佐野屋から約三百メートル離れた地点とはこの辺りである。
事件当時、証人=遠藤 三(かつ)はこの付近で張込みを行なっていたと思われる。