アル中の脳内日記

アル中親父による一人雑談ブログ

狭山の黒い闇に触れる 937

【公判調書2950丁〜】 

                      「第五十五回公判調書(供述)」

証人=小島朝政(五十六歳・財団法人埼玉県交通安全協会事務局長)

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山上弁護人=「自供に基づいて物が発見されたというのは何々か、あなたご存じですか」

証人=「自供に基づいて発見されたというのは、私が知っているのは、まず、時計、万年筆ですね。私が関係したのはそれだけですが、あとは何がありましょうかな」

山上弁護人=「鞄はありませんでしたか」

証人=「ああ、鞄ね。鞄や本はどうなったか、その点はどうでしょうかね」

山上弁護人=「記録上はっきりしておるんですがね、自供に基づいて発見されたというのはね、時計、万年筆、鞄です。で、あなたはこの三つの内、直接には時計と万年筆に携わっておられるようですね」

証人=「はい」

山上弁護人=「非常に重要な役割だったと思うんですが、時計を発見するについて、将田さんから下命をお受けになったその時に、多分、真ん中に捨ててあったなら、今頃あるはずがないだろうということを思われたのは、将田さんからそういうことを打ち明けられたのですか、あなたが思ったのですか」

証人=「私が思ったんですが」

山上弁護人=「将田さんは何か言いましたか」

証人=「将田さんは今思うに、自供したよということで、まあ、何と言いますか、慌てふためくというか、何か、わくわくしたような感じですね」

山上弁護人=「問に答えて下さいね。将田さんが、もう、真ん中に捨てたから、多分無いよということをあなたに話したことがあるかどうか」

証人=「ありません」

山上弁護人=「あなたは、真ん中に捨てたと言うのなら、もう、無いだろうというような、あなたの感じを捜査に行かれた七、八名の方に話しましたか」

証人=「話しません」

山上弁護人=「あなただけ思っただけですか」

証人=「はい」

山上弁護人=「実はね、ずっと記録を見ておっても、真ん中に捨てたと言うんだから、もう、無いだろうということをはっきり仰ったのは、この法廷で初めてのように私はお聞きしますが、その点はどうですか。あなた覚えていらっしゃっいますか」

証人=「記憶はございません」

山上弁護人=「あの前々回の法廷で、裁判長がそういう趣旨の、真ん中に捨てたと言うならもう拾われているだろうと、そう思ったのではないかね、という風な発言をなさった時があるんですが、あなたはその時の捜査書類を読んで、証人調書を読んで来られたということはないでしょうね」

証人=「もちろんございません」

山上弁護人=「それから先ほど、七月二日捜査に行く時点のことだと思いますが、あれだけ嘘を言っている石川君のことだから、というような言葉を洩らされましたが、それを思ったのはいつの時点ですか、七月二日のことですか」

証人=「七月二日・・・・・・」

山上弁護人=「時計の捜査に行く時だったのかどうかは証言上はっきりしませんが、あれだけ嘘を言うのだからという趣旨の発言をなさった、それはいつのことですか」

証人=「その頃です」

山上弁護人=「七月二日」

証人=「はい」

山上弁護人=「そうすると、少し不思議なことがあるんですが、万年筆が発見されたのは六月の二十六日ですね、じゃないんですか」

証人=「はい」

山上弁護人=「嘘言っていないんじゃないですか。もし、それが本当だとすれば、自供通りに発見されたという印象はあなたに残っていなかったんですか、七月二日には」

証人=「いや、道の真ん中に捨てたというのは、こんなことは嘘だということは当時私は思ったんですがね。今、その時計が早かった、万年筆が早かったということのお問いですが、私は今、記憶にございません。今、思っていることは、ただ、あの頃道の真ん中に捨てたって、これは嘘だろうということを今思ってます。当時も思ったと思います。これは私の真実でございます」

山上弁護人=「それはなかなか力を入れて証言してますがね。しかしあなたの当時の印象で、六月二十六日には石川君の自供通りに発見されたという印象があれば、これも多分自供通りであるだろうというような感じになるのが僕は捜査官として当然だと思いますが、あなたはうっかり本音を吐いて、時計が自供で発見されたものでないという印象が心にあったんじゃないですか」

証人=「そういうことはございません」

山上弁護人=「そうしたら、あなた自供に基づいてですよ、鞄も万年筆もそれ以前に七月二日以前に発見しているということを知っているであろうあなたが、また被告が嘘をついたという印象を持つでしょうか」

証人=「これはですね、私は短い捜査の経験からでございますが、そういうことはままあることでございまして、一回あったからということで、この次も本当だということはあり得ない、とりわけ、この道の真ん中に時計が捨ててあったということなどは、まあ、これはあるいは極端な話になりますが、入質したとか転売したとかいうようなことがあり得るんで、万年筆など金銭的価値のないものはいざ知らず、時計など、金目のあるものが道の真ん中に捨ててあるということは、これは私は当時、もうこれは嘘だと、そういう風に判断したんです」

山上弁護人=「まあ、少なくとも職業として法律に携わっている人なら、あなたの弁解が全く筋の通らないものであるということは、おそらく、裁判官も検察官も印象付けられたかと思いますがね。じゃ、次に尋問を続けます。あなたの尋問の中で、ちょっとおかしいことがありましたので、もう一回お尋ねしますが、万年筆の捜査の時にビニールの袋を持って行かれたようですね、それは前回出てますね」

証人=「万年筆の捜査の時にね。まあ、当時の記録にあるとすれば持って行ったでしょうね」

山上弁護人=「持って行かれたんですね」

証人=「はい」

山上弁護人=「これは捜査の専門家として、当然指紋を残しておくという意味もあったんでしょうね」

証人=「いや、これはね、証拠物を押収したときには他の指紋や、他の雑物が付着しないためにその中に入れるんで、いわゆる、証拠物に指紋、雑物等が付着しないために持って行くのであって、袋そのものの外に指紋が付着するのは当然でございますね」

山上弁護人=「だから、万年筆に雑物が付着して指紋が消えることがあるということを慮(おもんぱかって)って、ビニール袋を用意されたと、それはその通りでしょうね」

証人=「そうでしょうね」

山上弁護人=「それじゃお尋ねしますが、六造さんに直接、素手で万年筆を取らしたということと、ビニールの袋を持って行ったということは矛盾しませんか」

証人=「いや、これは特定の者が持ったということが明瞭であれば、何等疑う余地もないわけです」

山上弁護人=「なるほどね。これは、あらかじめ万年筆を捜査員がそのときに発見をして家の者を呼んで来たのですか、それともあなた方は全然見当も付かずに、あらかじめ物を発見せずに、六造さんが、こう、触ってみなさいと言ったんですか、どっちなんですか」

証人=「これはですね、将田警視が被疑者が自供したから、ここにあるという図面を持って私と同道したわけです。それでその図面によって、あれは兄さんかに、こういうところにあるということを被告が言っていると、被疑者が言っているけれどということを伝えたと、そういう風に思ってますね」

山上弁護人=「私の質問に答えたことにならないと思いますが、あらかじめ、石川君の家で捜査員が万年筆を発見して家族の者を連れて行ったのか、あるいはそうではないのか、他の方法かと、こう聞いておるんです」

証人=「これは一緒に行って捜してもらったんです」

山上弁護人=「あなたは、自供に基づいて万年筆を捜しに行くときに、印象としてあると思いましたか、ないと思いましたか」

証人=「いや、これも私は最初は嘘だと思いました。正直な話が」

山上弁護人=「それだったら先に戻りますが、石川は万年筆を自供した、自供通りに発見された、あらかじめ、石川、嘘を言うとるであろうという予想であるにもかかわらず発見されたという印象が深ければ深いほど、時計のときは自供通りに時計が出ると思うのが当然じゃないですか。これは全く不自然な気持ちじゃないですか」

証人=「いや、これは、もうね、時計に限って、話は横道に逸れますが、時計というものは金目の物ですよ。金目の物を言うときは、もう万年筆だとか、他の金目のない物は、これは簡単にあった所を言うにしても、時計などというものは金目の物であって、おそらく、今度は別として、多くの場合にこれを転売したりあるいは、いわゆる恋人にくれるとか、言えないことで金目の物は使用されたことがあると。そこで、金目の物を道の真ん中に捨てたなんていうことは、過去において、私は短い期間であるけれども、十数年、まあ、二十年捜査をやりましたが、もう必ずと言っていいくらい、多くの例がこの金目の物に限ってはなかなか本当のことが言い難いものです」

山上弁護人=「それはそう聞いておきましょう。それから、先ほどの証言にちょっと出てきましたが、何回目かの捜索の時に部落の者が大勢押しかけておったという言葉がありましたが、あなたは石川君が未解放部落であるということを知って警戒して行ったのですか」

証人=「いいや、その時は私は知りませんでした」

(続く)

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○『慮って』という語だが、もともとは『おもいはかる』だったものが『おもんはかる』になり『おもんばかる』と音が濁って、最終的に『おもんぱかる』に至った。

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『特定の者が持ったということが明瞭であれば、何等疑う余地もない』との、証人=小島朝政の判断により被告人宅から見つかった万年筆は兄の六造さんに素手で取り出させている。

この状況を現在の警察学校の講師が確認した場合、即座に講師は卒倒するだろう。 

考えようによっては、この万年筆は狭山事件における最大の重要証拠物であり、その扱いについては核物質並みの慎重な扱いが求められる案件であったことは明らかである。

つまり被告人宅から万年筆が見つかったと、これは事実として認めよう。万年筆にはそれに手を触れた者の指紋が残る。誰が触れたかは不明であるが、それを警察の鑑識が調べるわけである。ところが証人=小島朝政の取った捜査行動はそれらを飛び越え、無謀にも被告の兄に直接手を触れさせてしまうのである。これにより本来、万年筆に残された指紋検出は不可能となり狭山事件はより黒い闇に包まれてゆくのである。