【公判調書2683丁〜】
「第五十一回公判調書(供述)」
証人=長谷部梅吉
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石川一雄被告人(以下、被告人と表記)=「先ほど取調べ中に大宮の方で事件があって、殺人事件が起きて席を外したとか」
証人=「それは石川君の聞き違いじゃないですか、殺人事件があったんだと、それで捜査本部へ・・・・・・」
被告人=「いや、これはもう、自分ではっきりしているんですけれども、六月二十八日頃大宮の、これはもう逮捕済みですけれども、さのとよみちという大宮の池でアベック殺しが」
証人=「ええ」
被告人=「その席で、これだけはお前の殺しじゃないから石川は安全だと言ってて、自分はそちらの調べに行かなければならないんだと言って二、三日空けたことが・・・」
証人=「いやいやそれは清水警部じゃないですか」
被告人=「清水警部は川越では調べられたことないですね、だから清水警部じゃないですね」
証人=「いやいや」
被告人=「山下警部がのちに病気になって、次に青木さんと交代して、あと青木さんと長谷部さんと遠藤さん、関さんも少しは加わってますけど、その三人以外はないですね川越に行ってからは。狭山では清水利一さんにも調べられたけど」
証人=「この事件は、私は石川君の方に関係してるから、その後あれは発生したんじゃないかと思いますねぇ」
被告人=「それはそうですが」
証人=「そうするとあの事件は私は現場を知らないし被疑者にも会ったこともないし大宮警察にも全然行っていません」
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裁判長=「石川がさっき言ったところはこういうことなんです。四十年十一月の三回あるが、最初の十一月九日のその時に、宇津弁護人からの問いが八八一丁に出ておるんですが 、『縄を持って来た場所を聞いておる頃ですね、調べ室にあった湯呑み茶碗を並べてあなたがちょっと部屋の外に出て石川君がどの茶碗に触ったか当ててみたというようなことがあったんではないですか』『そんなことないと思います』とあなた答えておるようだね。弁護人が重ねて『そういうことをした記憶はないですか』という問いに対して『はい』と、そういうことはないということを繰り返し答えているんですね、前の調書にはそうなっているが」
証人=「私が記憶あるのは人形の首を」
裁判長=「人形のことは別。茶碗のことについて、ないということを言っているんですよ」
証人=「それは事実です、そういうのが前にあればそれは誤りであります」
裁判長=「そういうことはあった」
証人=「はい」
裁判長=「人形の方は」
証人=「それは絶対ありません。人形の作りようも知らないし」
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山上弁護人=「私も前の記録を読んであなたが茶碗を当てるということはないと仰っておられたんで、ないと思っていたところ今の点で何なんだけれども、何でそんなことをなさったんですか。茶碗を触ってみろ、私は当てることが出来るよというようなことは、冗談にしろどういう発想からそういうことを思いつかれたんですか」
証人=「石川君が、あの場合の時はいつだったかということは記憶ありませんけれども、自供して石川君がもう冗談言って石川君と笑って話している時、石川君は中田という字が書けないと言ったろうと、書けないと。だから俺は脅迫状は書けないから俺は犯人じゃないと言ったろう、そうだと、中田くらいのこと、学校何年行ったと言ったら小学校五年とか何とか、小学校五年といったら小学校では六年卒業までに当用漢字八百八十一字を教えるんだ、君は五年まで行ったらこの中田という字くらいは棒一本引ければ書けるぞと、書いてみようかと言って、切り紙で折って見せたんです。そしたら石川君は驚いておったんですね。その時にこういうこともあるんだぞと言って冗談に茶碗を置いて匂いを嗅いだんですね」
山上弁護人=「その時の茶碗の状況をもう少し詳しく言ってくれませんか、茶碗をいくつ置いたんですか」
証人=「三つ四つだと思いますね」
山上弁護人=「湯呑み茶碗ですか」
証人=「そうですね、そこにあった」
山上弁護人=「それで後どうしたんですか。石川君に触らしたんですか」
証人=「ええ、そうなんですが、触ったかどうかは分かりませんよ」
山上弁護人=「あなたは外に出たの」
証人=「出たんです。見ておったら何ですからね、入って来てこれ触ったろうと言ったら触ったと」
山上弁護人=「あなたがそういうことなさったのは石川君にこれだけよく物事が分かるぞということを示すための例証としてやったんですか」
証人=「そんなことはないです。石川君がもうこういう大きな事件を起こしてしまったと、申し訳ないと、もう自殺などを考える人が多いと、それで気を解(ほど)くために何となくそういう雰囲気を作っておいてやらないと、こういうことで」
山上弁護人=「何となくそういう雰囲気を作らないと間違いが起きる」
証人=「良心のある者であれば自供してしまったその晩とか、その翌日辺り自殺するという例が、今まで被疑者を扱った時に自殺未遂とかありましたから、そういうことをしないように雰囲気を何とか解いてやろうと、こういうので冗談をですね、こちらでは冗談半分ですけれども、見たり聞いたりする方は一生懸命かも知れません」
山上弁護人=「わあ長谷部さんすばらしいなあと驚いたでしょう」
証人=「まあ不思議がっておりました」
山上弁護人=「長谷部さんはよく見通しきくなあ、えらいなあと言ったでしょう」
証人=「まあそれはどうか分かりませんけれども、それはご本人に聞いてもらえば一番よく分かりますね」
山上弁護人=「あなたの記憶によれば石川君のその時の態度はどうでした」
証人=「何にはしないですね」
山上弁護人=「何にって」
証人=「冗談にはしなかったですね」
山上弁護人=「それはそうでしょう、私だって驚きますよ。よく当てるなあ、とは言ったでしょう」
証人=「まあ不思議がっていたんですね」
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裁判長=「あなたどうやって当てたの」
証人=「これは冗談が偶然に当たったわけなんです」
裁判長=「見てたとか何とかいうんじゃないの」
証人=「偶然当たったんです」
裁判長=「四分の一の確率で偶然当たった」
証人=「数が多くなれば駄目ですね」
(続く)
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机に並べた湯呑み茶碗のいずれかに石川一雄被告の手を触れさせ、その触れた茶碗を当てて見せるという芸当を披露した長谷部梅吉警視。この行為は、率直に言って長谷部氏の内在的論理(まあ、考え方の癖とでも言おうか)を具現化したものであると老生は分析する。つまり、「どうだ、俺様は全てお見通しなんだ」と、こう彼は石川被告に対し意思を示したのである。
この長谷部梅吉の湯呑み茶碗の件に関しては、過去に入手した資料から、次のような表現が確認できた。
(写真六点は"劇画・差別が奪った青春"=部落解放同盟研究所・企画・編集より引用)