【公判調書2681丁〜】
「第五十一回公判調書(供述)」
証人=長谷部梅吉
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石川一雄被告人(以下、被告人と表記)=「記念写真の件についてですが、これはこの前当法廷で証人に質問したんですけれども、記念写真は六月の再逮捕される二、三日前、記念写真を証人たちと一緒に撮ったことをご記憶ですか」
証人=「写真をですか」
被告人=「記念写真を撮ろうといって」
証人=「いつ頃ですか、どこでですか」
被告人=「狭山署の調べ室で、再逮捕される二、三日前」
証人=「さあ、それは私記憶ないですね」
被告人=「これも清水利一警部は証言したんですけれども」
証人=「何の記念写真ですか」
被告人=「それは分からないけれども、記念写真を撮っておこう、石川、胸を張って撮れと言われ、撮らされたんですが」
証人=「私はおりましたか」
被告人=「清水警部が長谷部さんがいたように思うと証言しておるんですけれども」
証人=「私は記憶ないし、そんなことは絶対にないと思いますがね」
被告人=「それでは絶食の件ですけれども、絶食は二、三回と伺いましたけれども、自分は五日間くらい食わなくて、それで長谷部さんに二回ばかり食パンかアンパンを買ってもらったことを記憶しておりますか」
証人=「それも忘れてしまったですね。ただ、捜査本部で私どもが弁当を作ってもらった、その時にそれを石川君に分けてやったと、それはあったと」
被告人=「それは記憶ありますが、それは何回も頂いたことは」
証人=「そういうことはあったと思いますがパンを買ってやったということはちょっと浮かばないんですねぇ」
被告人=「これも当審において質問したんですが、湯呑み茶碗の匂いを嗅いで当てる当てないの件です。これも長谷部さんがやって見せたんじゃないんですか」
証人=「そんなことありましたねぇ」
被告人=「俺はこういう風に当てるんだと」
証人=「ええ、誰かとふざけてですね」
被告人=「証人は前、やってないということを証言したんですね。自分はそういうことは絶対やってないと」
証人=「そうじゃなくて、あの時のは人形をこしらえてその人形を首をはさみで切っちゃって・・・・・・」
被告人=「それももちろん言いましたけど、中田弁護人から質問あった湯呑みの件についてそんなことはないと、やってないと」
証人=「そうですか」
被告人=「自分は法廷の記録を付けたんです。拘置所に帰ってから調べてみたんですが、やっぱりそういう風に言ってるんですが」
証人=「私は人形切ったという話だったからそういうことはありませんという風に言ったんですけれども」
被告人=「中田善枝という字、善枝という字はもちろん書けないんですけれども、難しいから。中田という字は紙を二枚で一カ所折れば中田と折れると、手品師みたいにやってみせたことはありますか」
証人=「ええ、あります」
被告人=「それから事件に関係があるかどうか分からないですけれども、錦貫という自分が小学校五年か何かで同級生だった女の友だちだという人を自分のお茶の当番などさせたかということを・・・」
証人=「綿貫ですか」
被告人=「小学校五年まで同級生だったんです。同席で、その人が狭山から川越に行って起訴されるまでお茶の当番というか、廊下などでしょっ中会っていて、綿貫きぬえといったか、ちょっと分からないんですですけれども、廊下なんかで会って挨拶したんですけれども自分が、どういうわけで、自分に会わせたのかということを、何回も自分は会っているんですね」
証人=「会わせた、どういう場合に会わせたんですか」
被告人=「自分が取調べなんかの際に再々廊下に待っているのに会っているんです」
証人=「その女がですか」
被告人=「綿貫という、きぬえといったと思いましたが、その人にしょっ中自分は挨拶したんですね」
証人=「女の人ですねぇ」
被告人=「ええ、自分の同級生だった人ですが」
証人=「全然記憶ないです。川越署の職員の方じゃないんですか」
被告人=「そこまではちょっと分からないんですが」
証人=「全然私、名前も知らないし。ただ、たまたまほかの自分の家族の人とか、誰かが留置されているとか、まあ署員でなければですね、女事務員でなかったら、そういう人がたまたま差入れに来たとか、あるいは面会に来たとか、それであそこのところは、調べ室がトイレに行く時の廊下になっているから、たまたま廊下を通る石川君が出て来るたまたま偶然会ったんじゃないかと」
被告人=「出入りの度に、たいがい廊下のところに立っていたんです。偶然とはちょっとありすぎるんですね」
証人=「署員ならば始終でしょうが、署員でないならば全然そういう何は分かりませんですね」
被告人=「これは自分の想像ですけど、その綿貫さんというのは、善枝ちゃんにちょっと似ているんですね。それで会わしたのかなあと、自分を落し入れるために会わせたのかなと、自分は推測しているんです」
証人=「いやいやそういうことはないですね」
(続く)
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証人=長谷部梅吉の言う「・・・人形をこしらえてその首を切った」との証言を視覚化すればこの様な状況であろうか・・・。
(写真は"劇画・差別が奪った青春"実録狭山事件=部落解放研究所・企画・編集より引用)
○こういった長谷部梅吉の行為が事実だったと仮定して見るも、被害者である中田善枝を見たこともない石川一雄被告の目には、これは単なる長谷部による奇行・特技としか映らず、また、捜査側の手腕としても自白を強要する手段としては稚拙過ぎやしないだろうか。犯行を実行した者はすでに強盗・強姦・殺人・死体遺棄・恐喝を遂行し終えたわけで、この様な極悪人が、取調べ室で被害者を形どった紙切れを警察官が切り刻んだところで、これを怖がり犯行を自供するであろうか・・・。
しかしながら、記念写真の件といい、川越署内に現れた綿貫(わたぬき)きぬえ氏の存在といい、この狭山事件公判調書は不可解な当時の情報を明らかにしてくれ非常に興味深い。狭山事件の公的資料はこの公判調書のみであり、老生としてはこの記録物に出会え度々感慨に耽るのであった・・・・・・。