【公判調書1899丁〜】
「第三十九回公判調書(供述)」⑱
証人=中 勲(五十七歳・埼玉県消防防災課長。事件当時、埼玉県警刑事部長)
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石田弁護人=「この事件では自殺者が、この事件の捜査過程でまず出ているんですが、奥富玄二という人が五月六日に自殺したことは覚えておられますか」
証人=「はい、知っております」
石田弁護人=「どういう捜査をしましたでしょうか」
証人=「これにつきましては事件の最中ですから重大な関心を払いまして、あるいは犯人ではなかろうかという疑いもありましたので厳密に捜査するように命令をいたしました。その結果といたしまして、五月一日の夕方まで奥富玄二さんは勤め先である入間川の丸通でございましょうか、そこに勤務をしておったという状況がはっきりしました。筆跡を入手しまして鑑定をしました結果、脅迫状とは異質であるという鑑定がなされました。
足跡につきましても、十文半の地下足袋を履いておらん、現場に印象されておりましたような職人用の地下足袋を所有しておらないという状況がはっきりしてまいりましたので、ちょっと先生の名前は忘れましたけれども、当時陰金か何かが出来まして、診断を受けましたお医者さんにまぁ性的に不自由だというようなことを相談しておるというようなことが分かってまいりまして、犯人の適格性を欠くというように私ども判断しまして、三日位捜査をしましたけれども、一応捜査を打切りまして、これらの鑑定書は捜査一課にあると思いますが、一応綿密な捜査をいたしまして犯人ではないということで打切りましたんです」
石田弁護人=「そうしますと、裁判所の法廷で、長谷部警視は最初から捜査は全然してないというようなことを言っておられるんですが、それは誤ってますね」
証人=「誤りです。長谷部警視は主として窃盗関係の捜査を命じておりましたので、おそらくこの捜査に関係しておらないんじゃないかと思います」
石田弁護人=「新聞記事によりますと、長谷部警視が派遣されたように書いてあるんですよ」
証人=「あるいは血液採取の説得に行ったかどうかだと思いますが、その程度だと。この奥富さんが騒がれたのは、たまたま血液型がB型でありましたためで、犯人ではないかという風に書かれたんですが、綿密な捜査の結果、奥富玄二さんは犯人の適格性を欠くということで捜査を打切ったのでございます」
石田弁護人=「この奥富玄二さんという方は自殺直後に結婚式が予定されておったんですね」
証人=「はい、翌日」
石田弁護人=「それから中田栄作さんという被害者の自宅になるわけですが、そこのところで以前、作男をしたことがあるという新聞報道がありますが、その通りでしょうね」
証人=「これはあとで、亡くなりまして捜査をいたしましたらそういう事実がございました」
石田弁護人=「奥富玄二さんは自殺をするに際して遺書を残されたんじゃないですか」
証人=「はい」
石田弁護人=「遺書の中にはどんなことが書いてあったか覚えてますか」
証人=「はい。病気に負けた、父母頼む、か何か、そんな要旨でございました」
石田弁護人=「基本捜査の中で、自殺するまでの間、奥富玄二さんを取調べられたことがありますか」
証人=「ございません。まだそこまで行きませんでした」
石田弁護人=「全然ないんですか」
証人=「はい、まだ捜査の線上に出ておらなかった。何しろ六日でございますから」
石田弁護人=「この奥富玄二さんの関係については、結局白か黒かよく分からずに五月七日夜あなたが、新聞記者などに対してアリバイが確かめられれば白と判断すると発表されておられるようですが、覚えてますか」
証人=「よく記憶しておりませんが、ただ、いずれにしても当時は新聞、報道関係が五百人くらい来ておりまして、私どもの方では俄に断定をするということを避けておりますので、あるいは捜査中というような発表をしておったかも知れません」
石田弁護人=「アリバイが判明すれば白とするというのは、これはまあ当り前のことを言ってるだけですね」
証人=「はい」
石田弁護人=「それから田中昇さんという人が五月十二日に自殺されておりますね」
証人=「知りません、田中昇ですか」
石田弁護人=「狭山市内に住む方で、この狭山事件と関わりあいがあったようですが」
証人=「全然存じません」
石田弁護人=「報告を受けていた筈だと思いますけれども」
証人=「記憶にございません」
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今以て疑惑が囁かれる人物が農薬を飲み飛び込んだ古井戸。写真は"差別が奪った青春"部落解放研究所・企画・編集=解放出版社より引用。