アル中の脳内日記

アル中親父による一人雑談ブログ

狭山の黒い闇に触れる 566

*「狭山の黒い闇に触れる 562」に記載した文章に誤りが見つかった。場所は文面末尾付近にあり、そこには「平岡俊将の意見"第四"とは、弁護側による第七回検証調書に対する返答である(したがって"第四"を引用する前にまず"第七回検証調書"を取り上げようという文意)」と説明しているが、それは全くの間違いであり、そのような第七回検証調書に対する返答など、どこにも存在しないのであった。この平岡俊将検事による第四の意見とは、弁護側から提出された昭和四十五年四月二十一日付「事実取調請求書」に対する文書である。かねてから恐れていた、複雑な迷路を思わせる調書の構成にまんまと引っかかり、念仏を唱えるが如く連続して現れる届出や上申書に幻惑され、前述したように、ついに幻覚を見るまでに神経が麻痺してしまった。幻惑、幻覚、混沌。まるでアル中患者の症状ではないか。そしてたった今、偶然に気づいたが、もしかすると今後、存在しないと先程述べた、第七回検証調書に対する返答が、思いに反し調書上に出現する可能性も捨てられなくなった。この裁判記録というものが、問いに対する答が忘れた頃に現れるという構成で進行する以上、その出現範囲が現在地点から百〜二百ページ以内と捉えておくと神経が疲れずに済むだろう。

話を戻すと「第七回検証調書」引用後、「事実取調請求書」を取り上げ、これに対する「平岡俊将の意見・第四」を最後に持ってくれば、順序も正しく事も無難に収まると思われる。

さて、日頃ここで取り上げている公判調書であるが、これをごく簡単に説明すれば、法廷内において被告人が有罪か無罪かを、弁護人と検事が裁判長の前で争うという展開を紙に書き、それを束ねた紙束である。狭山事件公判調書の場合、その紙束一つが電話帳一冊ほどの厚みで、第一審、二審合わせると電話帳十冊分以上、控訴趣意書や再審請求書を加えるとさらに電話帳五〜六冊分の分量が追加され、裁判がかなりの長期間にわたって行なわれたことがその見た目だけでも明白に伝わる。また、裁判記録以外での、狭山事件を扱った書籍の多さも、この事件が社会に与えた衝撃の規模の大きさ、裁判に対する国民の注目度がいかに高かったかということを反映しているだろう。

ところで今後、冤罪=袴田事件と呼び名がかわるであろう袴田事件であるが、この事件を裁判長判事による無罪判決のみで終わらせてはならない。本事件には依然解明が必要とされる問題が含まれており、それは他でもない袴田裁判そのものであり、解明されるべきは裁判記録の検証である。暴力頼りの取り調べや証拠品のねつ造等もさることながら、袴田巌氏と弁護人の主張を退け進行してゆく裁判過程はどのような状況であり、例えばその弁護技術は限界まで発揮し尽くされたか、なぜ検察による嘘の犯罪立証が成功しているのか、また、弁護側、検察側双方による主張の応酬を裁判官はどのように捉えていたのか等、袴田事件裁判記録の検証が実行された場合、それは誤判へと暴走していった原因を突き止めるにとどまらず、司法全体への戒めともなろう。