アル中の脳内日記

アル中親父による一人雑談ブログ

狭山の黒い闇に触れる 157

戸谷富之鑑定人提出の参考資料その1 ・「科学朝日」より戸谷富之の「筆跡鑑定いまむかし」四九頁から五五頁。「筆跡はその文字なり、文章のもつ意味のほかに、書いた人の性格や筆癖、その書いた時の状況など、さまざまの情報を含んでいる。シャーロック・ホームズのような観察眼をもってすれば、一行の筆跡からも実に多くの情報を推定できるであろう。しかし、その推定を科学的なものに高めることは大変である。特に、ある文書が特定の人の書いた文書と同一筆跡であるかどうか、といっ筆跡鑑定の可能性、あるいは、その方法論となるとむずかしく、まだ手をつけられてからやっと、三〇〜四〇年にしかならない。しかし現実には、契約書、遺言書、脅迫状などの筆跡鑑定が、しばしば我々の社会生活で必要となっている。欧米並に、銀行の預金の引き出しも署名だけで出来るようになれば、尚更の事であろう。ここに紹介するのは、たまたま筆者がかつて“従来の筆跡鑑定”の信頼度についての鑑定を裁判所から命ぜられだことがあり、その時勉強したことの覚書である。ローマ時代からの筆跡鑑定の小史を紹介するとともに、現在試みられつつある鑑定法までをごく簡単に述べてみたいと思う」*鑑定の歴史をさかのぼる*「{ローマ時代ニューヨークのメトロポリタン美術館には、アジアまでを含めて世界各国の美術品が実によく集めてある。その中でギリシャ彫刻のローマ時代の“模作”が数多く収集されているのが印象的であった。美術史によれば、ギリシャ彫刻はローマに引き継がれBC( 紀元前 )一世紀から紀元後二〜三世紀までを“ギリシャ・ローマ時代”と一括して名付けている。ローマ時代には、ローマ時代の独特の創造は殆どなく、ギリシャ彫刻の模作が圧倒的に多かった。例えば、ギリシャ時代の名彫刻家プラクシテレス( praxiteles )の作といわれる“とかげ殺しのアポロ”なども、世界数ヶ所にある。が、本来はブロンズであったらしく、ローマ時代になって大理石でコピーされたもののようである。ルーブル博物館にあるのはローマの貴族の邸内にあったもので、最も作風がよいとされている。この彫刻一つを取ってみても、ローマ貴族がギリシャ文化に憧れ、金にあかして買い求めた結果、創造的な美術を推進させるよりは模作・偽作の傾向を助長したことは、十分想像される」(続く)                              

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( 昨日入手したブツは予想を遥かに超え、私の大脳皮質に恍惚感を与えてくれた。これだけ純度の高いブツを味わうと常習性が心配である。スーパーの野菜売り場で、捨てられたキャベツの外皮を貰い、茹で上げて安ポン酢で頂く身分には高級過ぎるブツである。ブツ?こんな単語を入力していると関東麻薬取締局の捜査対象になりかねん。私にとってブツとはバターの風味が強く・・・今ここでそれを語るのはよそう)