狭山の黒い闇に触れる 154
裁判長 : 「鑑定人が筆跡鑑定の要素として述べられた常同性というのは、稀少性の常用されるという意味か」戸谷 : 「そうです」裁判長 : 「常用ということは必ずしも数量にはよらないわけか」戸谷 : 「そうです。例えば、一人の人が書く字でも大体二通りとか、三通りの書方、くずし方を持っていると思います。そして、あるくずし方をしたときには、いつもこういう癖が表れているというのであれば、それは常同性があると言っていいと思います」裁判長 : 「稀少性の因子が反覆されてくると相同性との区別はどうなるのか」戸谷 : 「相同性の中で、稀少性あるものも一致しているということになるわけです。例えば黒子(ほくろ)が同じ場所にあるということになれば、同一人の確率は高くなるということになると思います」裁判長 : 「鑑定人の言われる稀少性、あるいは相同性というものは、殊更その者が自分の筆跡を意識的に変えて書くという場合には、その筆跡の同一性というものは判断しにくいということになるか」戸谷 : 「その辺が、筆跡鑑定が可能かどうかの一番の問題点で、この点についてはヨーロッパでも問題になっておりますが、例えば照合文書を作るときに照合文書を書きとらせて作るということもあるわけです。人間の緊張度というのはある時をうっており、ある時間緊張しておっても、それが続くと緊張がゆるんできます。それからまた思い直して緊張してまた書く、それは私達が研究協助員を雇う場合に、例えば非常に沢山数字を並べた中で一と三が並んであったら印を付けておくようにさせると、ある周期的に注意が落ちますから、そういう時には一と三が並んでいても見落としてしまうことが多い。それと同じように例えばある被告の一人に筆記させると自分の意識しておる筆癖があるとすると、それは初めは書かないように注意しているわけですが、ある時間早くやったり遅くやったりして、その人の緊張を高めたり弱めたりする中で、その人個人の筆癖があるとすればそれを隠し切れないということがあるわけです。そういうような形でその人はどういうところで稀少性を出すか、緊張しておれば、あるいは出さないように注意しておれば、どの程度出せなくなるかということは、照合文書を作るときは重要な要素になってくると思います」裁判長 : 「鑑定人は先程当審の高村鑑定人も言っておる伝々という言葉があったが、それは高村巌が論文とか著書で言っておるということか」戸谷 : 「それは二つありますが、その一つは昭和四十年九月四日の朝日グラフに、筆跡鑑定のむずかしさという題で太田事件についての高村、町田、私のした各鑑定のことが取り上げられたことがあります。その中で高村鑑定人が言っておることであります。もう一つは、矢張り太田事件で高村鑑定人が法廷で私の鑑定書なり証言について批判をしておる、そのことであります」井波判事 : 「鑑定人が述べられた、筆跡鑑定における統計的方法の必然性ということは、これは結局実験してみたところが、統計的方法というのが重要であるし、その故にそうしなければならないということか、例えば実際の事件の場合ではなく、非常に沢山の被験者に対して統計的方法をとると、結論として正確さがあった。それから統計的方法の必然性ということが結論されたということになるのか」戸谷 : 「その通りであります。筆跡鑑定においては先程も述べた通り、統計的比較がどうしても必要になるし、統計的な比較をしたところ、信頼度の高い実験結果が得られたということです」(続く)