アル中の脳内日記

アル中親父による一人雑談ブログ

吉展ちゃん事件本 其の四

「吉展ちゃん事件の犯人」を読み終え、しばし感慨にふける。この事件の、ある断面を切り取って深く掘り下げた本書は、やはり存在意義があると言える。学者が、本業の専門知識を用い誘拐事件に取り組み発表、内容の深さに鑑みても、印税目当ての出版では断じてない。あくまでも被害男児の早期発見の為の、犯人像絞り込みなのだ。

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(画像は本書より引用。本気の書物である。)ところでひとたび事件が起きた場合には、必ずといっていいほど捜査の網に不審人物が浮上してくるが、本書でも好例?が載っている。事件直後から吉展ちゃん宅には激励の手紙、電話が届くが、同じくイタズラの類いも届いていた。その中の一通に「吉展ちゃんは宮城県村田町の山間部で元気に暮らしている」との内容で、発信が宮城県大衡村、発信者が「手嶋」と署名された手紙があった。一ヶ月後、同じ差出人から「せっかく知らせたのに・・(略)柴田郡村田町に来て、有線放送を流し探してもらえ」との手紙が届き、現地の警察にも同様の投書があったことがわかる。それから 一年後、上記の手紙の発信局と同じ管内に住む「男K」が宮城県仙台市で詐欺で捕まるが、この詐欺事件の金額が「五十万円」(吉展ちゃん事件身代金と同額)であり、さらに以前、「五十万円詐欺を二度はたらき」今度は吉展ちゃん事件後、「五十万円の家を建てた」うえに、「男K」は頻繁に東京へ上京し、宿は吉展ちゃん宅に近い山谷(台東区)にとっていた・・・。「男K」の、「五十万円」のこだわりと不審な上京行動。そして謎の手紙が投函された管内に住む事実。つまり「男K」が吉展ちゃん事件を起こし手紙を投函した、と考えると筋が通り、非常に疑わしい人物となるのである。早速、ある事件記者がこのネタを学者にぶつけた。学者は、記者が提出した「男K」の音声と吉展ちゃん事件の音声テープを比較し僅か十五秒で、「男K」は吉展ちゃん事件の犯人ではあり得ない旨を伝えた。事実、二年後に真犯人は逮捕されるのだが、記者が持ち込んだネタは軽すぎたようだ。寝る間を惜しんで犯人分析に没頭した学者にとって、本物以外は即、否定できる材料が揃っていたのだから。昭和三十年代といえば、いくつもの冤罪事件が起きており、まかり間違えれば、この男もその資格を充分持ち得、選ばれし人間となる危険があった。学者は単に的確な判断を下しただけだが、「男K」のあずかり知らぬところで冤罪の芽は摘み取られたのかもしれない。うむ、読みごたえのある良本であった。