(事件発生から数日後の五月十一日、遺体発見現場から百五十メートルほど離れた麦畑の中でスコップが見つかる。しかしこの周辺は、遺体発見の前後に連日しらみつぶしの捜索がなされた一帯であった。警察は間髪入れず、このスコップが遺体埋没に使用されたものと発表、さらに石田養豚場所有のスコップと断定する。ところが、このスコップが果たして養豚場経営の石田一義さん方のものかどうかを本人に確認したのはその断定から十日後の五月二十一日であり、この二日後、石川一雄さんが逮捕されるのである。
過去に、堀兼近隣ではあまり良い評判ではなかった石田養豚場に勤め、しかし、だからこそ番犬たちに吠えられず養豚場からスコップを持ち出せた者という稚拙な考えが、少なくともこのスコップの捜査の背景に存在していると思われるが・・・)
【公判調書2916丁〜】
「第五十五回公判調書(供述)」
証人=石田一義(三十五歳・養豚業)
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橋本弁護人=「(スコップに巻いてあるビニールを示す)これはどうです」
証人=「知りませんです」
橋本弁護人=「このスコップをどこから買ったか、手に入れたかは分からないですか」
証人=「分からないですね」
橋本弁護人=「買うとすればどこから買うんですか。普通は」
証人=「金物屋ですね」
橋本弁護人=「どこの何という店でしょうか」
証人=「・・・・・・・・・・・・」
橋本弁護人=「決まっているわけでしょうか」
証人=「別に決まってもいないですけれども」
橋本弁護人=「大体、普通その当時買うとすればどこで買うんですか」
証人=「買ったものもあるし、もらったものもありますし」
橋本弁護人=「買う場合はどこで買うんですか」
証人=「まあ、入間の金物屋ですね」
橋本弁護人=「店は何という名前ですか」
証人=「それはちょっと言うと迷惑がかかるんじゃないんですか。そういうことで自分等は随分いじめられてきましたからね、そういうことは今度はないとは思いますけれども」
橋本弁護人=「スコップを売った店が迷惑を受けるんですか、スコップを売ることは何も別に」
証人=「又、聞かれるんじゃないですかいろいろ」
橋本弁護人=「しかしスコップを売ることは悪いことでもないことだから、どうということはないと思いますけれども、つまり、このスコップはどこの会社が作ったものか知りたいんです。調べるのにどこの店で買ったか分かればどこの会社で作ったか分かると思いまして」
証人=「入間で買う場合だったら柏谷という金物屋ですね」
橋本弁護人=「それはどこにあるんです」
証人=「入間川です」
橋本弁護人=「どの辺でしょうか」
証人=「普通、家なんかでは十字路と言ってますけれども武蔵野銀行の隣ですね」
橋本弁護人=「そういうところで普通は買う、と。これは買ったものか、もらったものか分かりませんか」
証人=「分かりません」
橋本弁護人=「もらうという場合にはどこでもらうんですか」
証人=「まあいろいろあります」
橋本弁護人=「どういうところでくれるんですか」
証人=「・・・・・・・・・・・・」
橋本弁護人=「知り合いの人ですか」
証人=「ええ、そうですね」
橋本弁護人=「くれた人の商売はやはり養豚屋ですか」
証人=「いや養豚じゃありません」
橋本弁護人=「百姓ですか、農業を」
証人=「まあいろいろあるんじゃないんですか」
橋本弁護人=「そうすると一か所じゃないということですか」
証人=「さあ、そういうことは関係ないんじゃないかねぇ、答えたくないですね」
橋本弁護人=「さっき言ったようにこのスコップがどこの会社のものか、作った会社があるわけですね、それを知りたいんです。これがどこから出て来たものか分かれば会社も分かるでしょう。それで聞いているんですが、思い出せませんか、どこから手に入れたものか」
証人=「分からないですね」
橋本弁護人=「スコップを買う場合に、何かあなたの方ではそういうものを帳面につけるとか何とかしておりますか」
証人=「つけてないです」
橋本弁護人=「ちょっとしつっこいようですけれども、もらった場合のことをもうちょっと聞きますけれども、あなたの方からもらうんですか、下さいと言って。それとも向こうが上げましょうと言ってくれるんですか」
証人=「いろいろな場合があるでしょうね」
橋本弁護人=「あなたの方から言う場合と、向こうからくれる場合と」
証人=「ええ」
橋本弁護人=「あなたの家にスコップは三十八年当時不老川の方に二本くらい、家の方に三、四本と言いましたね」
証人=「ええ」
橋本弁護人=「そのうち、もらったものと買ったものとはどんな比率になっておったですか」
証人=「分からないですね」
橋本弁護人=「もらうというのは、何か払下げを受けるようなものですか、官庁から」
証人=「いいえ、そういうものでもないですね」
橋本弁護人=「相手は一般の人ですか」
証人=「はい」
橋本弁護人=「百姓とか建築業とか」
証人=「ええ」
橋本弁護人=「あなたにくれた人を言えませんか」
証人=「忘れました」
橋本弁護人=「くれた人も一人じゃなくて何人かいるわけですか」
証人=「だと思いますね」
橋本弁護人=「複数なんですね、一人じゃなくて」
証人=「そうです」
橋本弁護人=「今、あなたが見たスコップはあなたの家にあったものだと思うというんですね」
証人=「・・・・・・・・・・・・」
橋本弁護人=「どれくらい前から使っていたものか、思い出せませんか」
証人=「そんな細かいことはいちいちは」
橋本弁護人=「あなた自身このスコップを手に取って使ったことはあるんですか」
証人=「あると思います」
(続く)