【公判調書2664丁〜】
「第五十一回公判調書(供述)」
証人=長谷部梅吉
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橋本弁護人=「話は変わりますが、佐野屋付近に五月三日に出向きましたね、犯人逃走の後に」
証人=「ええ、行きました」
橋本弁護人=「そして前回の証言によりますと、そこで足跡を発見したと」
証人=「はい」
橋本弁護人=「そのことをちょっと確認しておきたいんですが、前回の証言をまとめますと足跡は明瞭に看取出来たのが三個あったと」
証人=「はい」
橋本弁護人=「もう一つは踏み固められて、大谷木警部の話によるとその付近に犯人が現われたというところに当たる、要するにあなたの話によると、二カ所に認められたということになっておるようですが」
証人=「その点は私はっきり二カ所以上にあったんじゃないかと、あったけれどもその足跡を採取するための石膏が足りないために取れなかったという証言をしたと記憶しておりますが前回二カ所だと証言しておるとすればそれは私の」
橋本弁護人=「いや、あなたが二カ所だという言葉を使っているわけじゃないんですが、まとめたわけですが、要するに犯人が身代金を取りに来て立ち止まって被害者の姉さんと話をしましたね、どうもその立ち止まったと思われる付近に足跡があったが、それは踏み固められておって、明瞭なものは発見出来なかったという趣旨のことを述べておるようなんですが、それは今でも変わらないわけですか」
証人=「はい、変わりません」
橋本弁護人=「それからまた別の場所に今度は明瞭に印されている足跡を見つけたということを言っておるんですが」
証人=「そうです。事実です」
橋本弁護人=「その踏み固めてあって明瞭に看取出来なかった足跡、それを第一の足跡と言いましょうか。それと今度は明瞭に印されてあった足跡との間の足跡がつながっておったんですか」
証人=「つながっておったと思います」
橋本弁護人=「ずっと連続しておったんですか」
証人=「連続しておりました。ただし明瞭ではなかったと」
橋本弁護人=「同一の足跡だと思われるものが連続しておったんですか」
証人=「はい。石膏が沢山あればその場で取れたわけですが、ただし鑑識課が出動していないし、駐在所の試料を使おうと言うので、私は足跡の係ではないので取る必要はないのですが、そのまま野次馬とかに消されてはならないと、早急に取れというので駐在所にはこれしかないというので仕方ないのでこれだけ取っておけと命じて私は取らしたんです」
橋本弁護人=「その時はそうすると何個取ったか記憶しておりませんか」
証人=「その点は確かめておりません、命じただけでほかの仕事に移ったものですから」
橋本弁護人=「そうすると足跡採取の初めから終わりまでそこにいたわけじゃないんですか」
証人=「そうじゃないんです。もっともその頃になるともう、取り終わる頃には県警本部の専門の鑑識が出動してくれたとは思いますが」
橋本弁護人=「足跡採取の石膏を持ってですか」
証人=「はい」
橋本弁護人=「県警本部の鑑識が足跡を採取したと」
証人=「であろうと思うんです。私はほかの仕事にかかってますから、係じゃありませんから正確には知らないんですね。その後のことは知りません」
橋本弁護人=「(当審第三回検証調書第三見取図を示す)その地図を見て佐野屋の位置を確認出来ますね」
証人=「分かります」
橋本弁護人=「先ほどあなたは足跡を発見したというのはその図面で指示して頂くと。まず踏み固めてあってはっきりとわからなかった分は」
証人=「桑畑と書いてある桑という字の辺りじゃないかと思います」
橋本弁護人=「もう一つ、明瞭に印されてあったという足跡というのはどの辺りですか」
証人=「じゃが芋畑としてあるこの辺りから入った畑、芋と書いてある辺りから下に向かっていたと思いますね」
橋本弁護人=「方角で言うと。南ですか」
証人=「南西の方に向かって地下足袋の」
橋本弁護人=「62と書かれている付近から南西方向に、道路から何メートルですか」
証人=「道路からすぐについてたと思いましたね」
橋本弁護人=「すぐと言ってもね」
証人=「道路から例えば道路を歩いて畑に入りますね、そのすぐのところにあったと」
橋本弁護人=「距離にすると一メートルとか」
証人=「いや一メートルとかないですよ、農道から入ってすぐについていたんです。ただし入って第一歩を踏み入れたところの足跡は明瞭に特徴が出ておらんと記憶してます。そしてその第二歩目か三歩目からは明確なものがはっきりと出ておったと、これを取れと、石膏が足らないというからとりあえずこれだけ取っておけと、あと石膏が着けばその時はもっと沢山取れと、命じて引き揚げてしまったと」
橋本弁護人=「農道の一番端から」
証人=「ええ、畑に飛び込んだんじゃなく歩いて来たと。道路から足跡がどういう風についておったかの位置でとると、走って跳んで来たのじゃなくて歩いて来たんだと。逃げて来たり走って来たりしたのならばともかく、一メートルも跳んで歩き出したのじゃなくて、私が発見したのは雨上がりの柔らかい土であったからよく分かったんですが、すぐに第一歩からついていたということです」
橋本弁護人=「それは分かりました。道路の端から最初に見た第一歩は何センチくらいのところにありましたかと」
証人=「大体まあ三十センチと第一歩は離れておらんと記憶しております。それは明瞭な足跡でないと。その次のやつからはっきりとしておったから、それから三歩ばかりの分を取れと言ったと、こう思っております」
橋本弁護人=「そうすると四歩になりますね、明瞭なのが三つと」
証人=「まだまだありますよ、最初の一歩は不明瞭だった、地下足袋の足跡だということは分かりますが特徴が表われてない、二歩目から三歩ばかりは明瞭に特徴が出ていた、それから先も、まだずっと続いているんですけれども、まだいいやつを取らせるのが捜査の常道なんですけれども、石膏がなかったのでとりあえず三歩だけを取ったと」
橋本弁護人=「そうするとその先の五歩目は明瞭なんですか、不明瞭なんですか」
証人=「ある程度は明瞭なものであったんですけれども石膏がなくて取れなかったと。その後専門の鑑識係が取ったかどうかは確認しておりません、私もその程度しか」
橋本弁護人=「石膏で取ったかどうかは別として、明瞭な足跡は幾つくらい残っておったんですか」
証人=「あったかも知れませんが、私は確認はしておりません」
橋本弁護人=「続いてあったことはあったんですか」
証人=「あったんです。もっとあったけれども、私の方は追って行かなかったから、ほかの仕事をやったから分からないんです」
橋本弁護人=「その第一歩から五歩目までの足跡のつま先の方向は」
証人=「同一方向です」
橋本弁護人=「南西方向を向いていたと」
証人=「はい」
橋本弁護人=「その足跡はどこまで続いておったんですか」
証人=「それは確認しておりません。それを見ただけで、私はほかの仕事にかかったんです。犯人に逃走された直後ですから」
橋本弁護人=「先ほど桑畑の桑という字のところの足跡と62の芋畑の足跡はつながっておるんだと言いましたね」
証人=「私は確実には見届けませんが、多分そうではなかろうかと」
橋本弁護人=「あなたの推測ですか」
証人=「そうです。そこまで確認しておりませんから」
橋本弁護人=「あなたが見た62の方の足跡ですが、これはあなたが見た感じでは歩いている足跡ですか」
証人=「歩いてるという感じですね。私はそう見ました」
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佐々木哲蔵弁護人=「午前中の石田弁護人の時の質問だったと思いますが、その時に、こんなへまな捜査になったというご証言がございましたね」
証人=「まあ表現は悪かったかも知れませんが事実です」
佐々木哲蔵弁護人=「へまな捜査というのはどういうことをあなたとしては仰るんでしょうか」
証人=「捜査の常道を欠いておったと。ミスですね」
佐々木哲蔵弁護人=「これはお認めになるわけですね」
証人=「捜査の失敗です」
佐々木哲蔵弁護人=「それはもう少し具体的に言うとどういうことでございますか。捜査のミスというのはどういうことをあなたとしては指して仰るわけでしょうか」
証人=「まあ例えば張込み地点へ付けるという風な場合に、犯人が現われるという大体の目的、目標があったわけですねぇ、それを押さえるというのにはどういう人物がいいだろうかを考える時に、捜査員の内にも取調べはベテランだというのもいるし、取調べは上手くないが逮捕するのは体が機敏で上手いという、こういう風な者もおりますし、特に夜の張込み、真っ暗な畑の中の張込みという時にはその土地の地形をよく知った刑事、状況をよく知った人、溝があるとか橋があるとか、一本橋とか、こういう地形をよく知っておって体の機敏な逮捕術のしっかり出来るこういう者が犯人逮捕には適任なんだから、そういう地元の刑事ですね、地の利を得ている者を付けるべきであったのに、ところが本部から行った刑事をそういうところに張込ませた、しかも年配者であるし、あるいは体格は柔道で組み合ったら強いけれども犯人に逃げられたらどうにも出来ないという、地形は知らない、追いかけるにしてもその先に川があるか橋があるかもわからんという者を置いたということを私はまずい捜査、へまな捜査と、表現は悪いけれども申し上げたんです」
佐々木哲蔵弁護人=「そのほかには」
証人=「そのほかにもまだありますが、時間が・・・・」
佐々木哲蔵弁護人=「いや時間は構いませんからご証言頂きたいんですが、そのほかに捜査のミスというのはどういう点を」
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裁判長=「その点は従来、所々方々で出て来ているんですが、弁護人としては・・・・・・」
佐々木哲蔵弁護人=「警察官としてはへまな捜査ということは、証人は捕まえる時のことをへまな捜査と言っておられるようですが、普通はへまな捜査と申しますと捕まえることではなくて証拠を固めることを捜査と言うと思います。そういう意味で私は理解してましたからその点について証人にお尋ねしているんです」
裁判長=「では、もう少し具体的にお聞きになって下さい。あなたの午前中の答えについてと仰るから、午前中こういう点について、この辺不手際があったというその点について言うのか、一般的に言うのかについてですね」
佐々木哲蔵弁護人=「まず一般的なものでございます」
(続く)