昨日の午後、私は密かに入間川の猫と落ち合っていた。この場所には彼専用の食器が備え付けられており、従って私の判断においてこの容器を除菌ウェットペーパーで磨き上げ、冷たい水と"マグロささみ鰹節和え"なるエサを献上した。
ロシアのラブコフ外相は近いうち航空機事故を装い消されるだろう、あるいはイスラエルのベンヤミン=ネタニヤフ首相は、自国への攻撃を防げなかった責任を回避するため、ガザ地区への攻撃をなるべく引き延ばすであろう。停戦とはネタニヤフ首相退陣を指すからである、などというかなりシークレットな情報を入手していたが、
・・・・・・。
一匹の茶虎が現れ、何やら耳打ちをしている。
インテリジェンスオフィサー同志による、情報漏洩やあるいはそれに関連した注意を促(うなが)していたのかと思いきや、これは全然違い、お互いにラブ注入を始めたのであった・・・。
【公判調書3047丁〜】
「第五十七回公判調書(供述)」(昭和四十七年)
証人=諏訪部正司(四十八歳・浦和警察署刑事第一課長)
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石田弁護人=「ところで中田、橋本弁護人が、別件逮捕の頃、狭山署に石川君の面会に行った際の話によりますと、狭山署に足跡の石膏と思われるような物が非常にたくさん置かれていたということなんですが、そういうことはありましたですね」
証人=「どなたがですか」
石田弁護人=「要するに、中田弁護人なり橋本弁護人なり、狭山署に石川君が留置されていた頃、何回か面会を求めに行っておりますが、その際、狭山署の中に足跡の石膏と思われる物体が非常にたくさん置かれてあったという事実があったようなんですが、そういうことがありましたでしょうね」
証人=「もう一度、足跡の石膏のというところからお話し願いたいと思います」
石田弁護人=「つまり別件逮捕で、石川君が狭山署に留置されていた頃、足跡を採取して作ったと思われるような石膏がたくさん狭山署に置いてあったというんですが、そういう事実がありましたですね」
証人=「石膏と、足跡になった物と、これはどういう風な区分けをつけてるんですか」
石田弁護人=「まあ、区分けつけるならつけるで述べて下さい、結構ですよ、聞きますから」
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裁判長=「弁護人、そこは言われていいんじゃないですか、石膏にとった足跡という意味でしょう」
石田弁護人=「そうです」
裁判長=「ただ原料の石膏があったというんじゃないんだ」
証人=「それは、足跡にとってあった物もあります。足跡にとってあった物と石膏はありました」
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石田弁護人=「数が、かなり多かったようなんですがね」
証人=「それは、どなたからそのようなお話を聞いてるんですか」
石田弁護人=「相弁護人(注:1)から聞いているんですがね」
証人=「ありました。数量がどの程度あったかということは記憶ありませんが、石膏戸棚が接見室を通る場所にあったように記憶しております」
石田弁護人=「それはこの前、この当審の法廷に出てきた時にも若干、弁護人から聞いておるんですがね、もうちょっとお伺いしたいところがあるので聞くんですが、それはどういう足跡石膏だったですか」
証人=「当時発生しております窃盗事件だとか、まあ主として大多数、八十パーセントぐらいが窃盗ですが、その現場に臨(のぞ)んだ、期間が半年か一年くらいですが、その前にとったのが乾燥するために保存してありました」
石田弁護人=「いわゆる狭山事件捜査の関係で採取した物は何も置かれていなかったですか」
証人=「置いてありません」
石田弁護人=「狭山事件捜査の過程で採取した足跡石膏は、そうしますと狭山署には全然置かれていなかったわけですか」
証人=「置かれてないように記憶しています」
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山梨検事=「こういうことは前回証言しているんです。こういう重複質問を何回やられても納得できないということでは、何回証人を呼んだってきりがないんで、要するに重複質問はやめてもらいたい。これは十一回公判調書にもはっきり出ておりますしね」
石田弁護人=「それ以外の事を聞こうとしているんです」
山梨検事=「そういう重複質問はやめてもらいたいんです」
石田弁護人=「私、検察官とここでやり合う必要はないです。重複に亘るような質問はやめます。そうしますと狭山事件捜査の関係で採取した足跡石膏は特捜本部に集中されていたわけになりますか」
山梨検事=「それも重複質問ですね、この前答えています」
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石田弁護人=「答えて下さい」
証人=「その通りです」
石田弁護人=「たとえば死体発見現場近くの麦畑の中からスコップが発見されたことがありますね」
証人=「はい」
石田弁護人=「その後、スコップ発見現場付近は、あるいは死体発見現場付近とも言われるんだけど、その近くから足跡を採取したことがありますね」
証人=「そのスコップの発見場所ですか」
石田弁護人=「ええ」
証人=「はい」
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山梨検事=「それも重複質問ですね」
石田弁護人=「ちょっと待って下さい」
山梨検事=「何をお聞きになりたいか、さっぱり分からないんです。今のは重複質問です」
裁判長=「重複していることは確かです」
山梨検事=「何をお聞きになりたいか、事件の関係でずばりお聞き下さい」
石田弁護人=「知らない知らないと答えられたら困るでしょう」
山梨検事=「証人の口からは、今、否定的なもので、肯定的なものはないですね」
石田弁護人=「ちょっと待って下さい、聞きますから。そのことはご存じですね、あなた。スコップ発見現場から足跡を採取したことは」
証人=「はい」
石田弁護人=「そこから採取した足跡は、どこに置かれていましたか」
証人=「特捜本部だと思います」
石田弁護人=「足跡の点については、後で他の弁護人からお伺いいたします。この前、十回公判と十一回公判であなたをお尋ねしてるんだけど、その際、あなたは狭山署で被告人に地下足袋を履かせたことがあると述べておられますが。・・・・・・いいですか検察官そこで確認しなくても」
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裁判長=「ちょっと確認します、地下足袋を履かせたかどうかは、誰が履かしたかというところまでやらないとですね」
石田弁護人=「証人が被告人に地下足袋を履かせたということを言ってます」
裁判長=「否定してますよ、そういうところは、長い間経ってますからやむを得ないが、検察官はお調べになってる・・・・・・」
(続く)
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(注:1)相弁護人=複数の弁護人が付く場合の相方の弁護人のこと。
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新たに現われたこの警備員は、入間川河川敷を管轄としながらも国際情報分析に余念がない様子であった。