【公判調書1988丁〜】
「第四十回公判調書(供述)」㉑
証人=河本仁之(三十七歳・弁護士。事件当時、浦和地検検察官)
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主任弁護人=「あなたは浦和地裁の一審に終始立会いましたね」
証人=「終始立会いました」
主任弁護人=「公判立会いを命ぜられたのはいつ頃ですか」
証人=「起訴直後ではないかと思います」
主任弁護人=「公判が始まったのは九月でしょう」
証人=「はい」
主任弁護人=「証拠関係は公判立会いのためにもいろいろ見たでしょう」
証人=「検討はしたと思います」
主任弁護人=「だからあなたとしては証拠関係には相当詳しいはずだと思うのですが、現在記憶にないほど死体の首に巻かれていた木綿細引紐の問題は問題としてあなたの意識にのぼることはなかったのですか」
証人=「なかったですね」
主任弁護人=「木綿細引紐はどこから持って来たという自白でしたか」
証人=「ちょっと記憶はありません」
主任弁護人=「石川君の自白では先程証言のあった荒縄を持って来たところにあった梯子のところから持って来たとなっていたのではありませんか」
証人=「今の記憶としてははっきりしません」
主任弁護人=「木綿細引紐の出所はわからなかったという記憶はありませんか」
証人=「出所がわからなかったという物証があったという記憶はありませんからそういうことはなかったと思います」
主任弁護人=「六月の段階で中川ゑみ子さんや余湖正伸という人が捜査当局に申立てたところによれば、あの付近には木綿細引紐はなかったということなのですが、あなたもその事実を知っていたのではありませんか」
証人=「知っていたかも知れませんが記憶ははっきりしません」
主任弁護人=「あなたは一審になってから中川ゑみ子さんがどこに行ったか捜したことがありますか」
証人=「あまりはっきりした記憶はありません」
主任弁護人=「一審公判開始後、証人となるべき誰かの行方がわからないということで捜したという記憶はありませんか」
証人=「はっきりした記憶はありません」
主任弁護人=「そういう事実はなかったという印象が強いですか」
証人=「誰かが所在不明になって捜したような記憶もちょっとあります」
主任弁護人=「どういう方法で捜したか思い出せませんか」
証人=「具体的には思い出せません」
主任弁護人=「それが誰であったかも思い出せませんか」
証人=「思い出せません」
主任弁護人=「中川ゑみ子さんではありませんでしたか」
証人=「はっきりしません」
主任弁護人=「第二審になってからあなたは検証の立会いをしたことがありますね」
証人=「あります」
主任弁護人=「あなた自身が指示説明したこともありますね」
証人=「指示説明の手伝いのようなことをしたことはあります」
主任弁護人=「当審第三回検証、この施行期日は昭和四十年六月三十日ですが、この日にあなたは被告人の自供による佐野屋の近くへの往復コースを指示しているのですが、覚えているでしょう」
証人=「指示説明したと思います」
主任弁護人=「(当審第三回検証調書添付の第三見取図を示す)それに"59点"と"60点"というのがありますね」
証人=「はい」
主任弁護人=「"59"点から"60"点に至る道筋ですが、道路を通って行って途中で茶垣のところから右に入ったという指示になっていますね」
証人=「そういう指示をしたかどうかはっきりしません」
主任弁護人=「あなたはそのとき、逃げて帰るときも同じコースを通ったという指示をしており、言葉通りに理解するならば逃げて帰るときも、その"60"点を通ったということになるのですが、そういう指示をしたかどうか記憶ありませんか」
証人=「起訴としてはありません」
主任弁護人=「現在の考えでもいいですが、五月二日夜の往復路はその"60“点についても全く同じところを通ったと理解しているのですか」
証人=「事件の詳細については今記憶があまりありませんから、ちょっと答えかねます」
主任弁護人=「あなたは一審で立会いをし、そののち二審で検察官の補助として検証に立会い、指示しているわけですが、あなたはその際改めて記録を見るなりした上で指示したわけでしょう」
証人=「高裁の現場検証の立会いについては検証直前まで原検事が立会うことになっていたところが何かの都合で立会いが出来なくなって、急遽私が立会いを命ぜられたため十分検討の暇がなかったという特殊な事情がありました」
主任弁護人=「間違ったことを言ったということもあり得るのですか」
証人=「結果的にそういうこともあり得るかも知れません」
主任弁護人=「あなたは往復路共同じ道を通ったと言ったのですが、帰りも全く同じ"60"点を通ったという風に読める自白調書はないと思われるので、どうしてあなたは往復路共に"60"点を通ったという指示をしたかを聞きたかったわけです」
証人=「今言ったように特殊の事情があり準備不足のためにそういう齟齬は生じたかも知れません」
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(続く)