【公判調書1960丁〜】
「第四十回公判調書(供述)」⑫
証人=河本仁之(三十七歳・弁護士。事件当時、浦和地検検察官)
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橋本弁護人=「川越に移ってからあなたが作成した被告人の供述調書は、作成したのちどう処置しましたか」
証人=「作成して原検事にその都度手交したと思います」
橋本弁護人=「そうすると、あなたの取った調書には原検事も目を通しているということになりますね」
証人=「そう思います」
橋本弁護人=「原検事の取った調書にあなたも目を通していましたか」
証人=「一応目を通していたと思います」
橋本弁護人=「川越段階であなたが取った調書の中味について尋ねますが、主としてどういうことを質問し調書にしたためたか記憶していますか」
証人=「抽象的ですが、原検事の調書の補足的な事項について事情を聞き調書にしたという記憶しかありません。調書を見ればある程度思い出すかも知れませんが」
橋本弁護人=「昭和三十八年七月三日付のあなた名義の調書があり、その調書によると脅迫状の封筒の表に『少時様』と書いたことについて質問しているようですが記憶ありませんか」
証人=「脅迫状の少時様という文字が問題になった記憶がありますから、それについて聞いたことがあると思います」
橋本弁護人=「捜査当局は少時様というのをどういう風に問題にしたのですか」
証人=「少時様というのが本件被害者中田善枝と違う名前だものですから、被告人が事前にこういう誘拐殺人を計画していたのではないかという推定があり、それに基づいて被告人を調べた記憶があります」
橋本弁護人=「少時というのは実在の人物の名前なのか、それとも架空の人物の名前なのか、そのどちらの観点であなたは捜査していたのですか」
証人=「実在の人物ではないかという想定のもとに調べたと思います」
橋本弁護人=「実在の人物に少時という人がいるかどうか捜査したわけですね」
証人=「少時という人物が実在するのかどうかの捜査に私は関係しました」
橋本弁護人=「どういう風に捜査したのですか」
証人=「確か、事件の現場付近にショウジなる家があるかどうかについて、現在の記憶では二、三あったように思いますが、私はその内の一軒の家に行って母親かだれかに状況を聞いた記憶があります」
橋本弁護人=「事件の現場付近にショウジと発音できる人がいるかどうかを捜査した、と聞いていいわけですか」
証人=「そうです」
橋本弁護人=「捜査の方法としては住民票を調べるとか戸籍簿を調べるとかしたのですか」
証人=「現場付近にショウジという姓、あるいは名前の人がいるかどうかをどういう風に調べたか、その過程は私は知りませんが、とにかく二、三軒出て来て、それについて私が直接調べた記憶があります」
橋本弁護人=「あなた自身は現場付近にショウジと発音できる人がいるかどうかの捜査はやっていないわけですか」
証人=「私はやっていません。警察が調べて来ました」
橋本弁護人=「警察が調べて来た中にショウジと発音できる人が二、三あった、それをあなたが調べたわけですか」
証人=「そういう記憶です」
橋本弁護人=「検察側では独自にショウジの捜査はしなかったのですか」
証人=「検察官はそういう捜査はしなかったと思います」
橋本弁護人=「警察がどういう方法で捜査したか聞いていますか」
証人=「聞いていません」
橋本弁護人=「どの地域を捜査したか知っていますか」
証人=「その範囲についても聞いていません」
橋本弁護人=「ショウジと発音できるという二、三の人の名前を現在言えますか」
証人=「記憶がないから言えません」
橋本弁護人=「どの地域の人だったか言えますか」
証人=「二、三そういう人がいて、私が直接調べたのはその内の一軒だけだったと思います」
橋本弁護人=「二、三のショウジという人はどこに居住している人か言えませんか」
橋本弁護人=「あなたが直接調べたその内の一人は江田昭司とか橋本昭司とかいう人ですか」
証人=「そういう名前だったような気がします」
橋本弁護人=「あなたが事情を聞きに行った場所はどこですか」
証人=「狭山市内で、入間川駅から割合近いところだったというような記憶があります」
橋本弁護人=「あなたは被告人の家を知っていますか」
証人=「知っています」
橋本弁護人=「その家は被告人の家を基準にするとどの辺ですか」
証人=「被告人の家からそれほど離れていないところだったのではないかと思います」
橋本弁護人=「街道の通りに面した家ですか」
証人=「そうです」
橋本弁護人=「そこでどういう人に会ったのですか」
証人=「子供の母親に会って事情を聞いたと思います」
橋本弁護人=「調書は作りましたか」
証人=「おそらく作ったと思います」
橋本弁護人=「その母親という人は、いくつぐらいで名は何という人か覚えていますか」
証人=「名前は記憶していませんが、年は中年よりちょっと若いような感じだったような気がします」
橋本弁護人=「そこで事情を聞いて、その家が脅迫状の宛名の少時様に当たると思いましたか」
証人=「その結び付きについてはあまり的確には心証は取れなかった記憶があります」
橋本弁護人=「その家は子供がいて多少の資産があり誘拐犯人が対象にしそうな家でしたか」
証人=「資産はわかりませんが小学生程度の子供さんがいたと思います」
橋本弁護人=「一応誘拐犯人が対象にしてもおかしくないという判断はできましたか」
証人=「広い意味でそういう要件は備えていたでしょう」
橋本弁護人=「その家と被告人がどういう関係にあるかということも捜査したでしょうね」
証人=「したかも知れませんがそのへん記憶がはっきりしません」
橋本弁護人=「結論的に聞きますが、脅迫状の表書きの少時というのはあなたとしては実在の人物であろうと思ったのですか、それともそうは思わなかったのですか」
証人=「実在の人物を意識して書いたのではないかという印象は持ったのだろうと思います」
橋本弁護人=「実在の人物を意識して書いて、あとで善枝さんを捕まえてそれを訂正したと思ったのですか」
証人=「そういう風に見たのだろうと思います」
(続く)