アル中の脳内日記

アル中親父による一人雑談ブログ

狭山の黒い闇に触れる 544

【公判調書1714丁〜】

「自白の生成とその虚偽架空」            弁護人=石田  享

四、自白の虚偽架空

(二)自白を否定する物証

5.脅迫状の用紙

自白によれば脅迫状の用紙は「妹美智子の鞄の中の帳面を破って」使用したものという(6・24青木第二回調書七項、6・25原 第一回調書十項、6・29青木調書四項)。

特捜本部小島朝政は被告人を別件逮捕した五月二十三日、恐喝未遂被疑事実に関係する物証としてすでに大学ノートを領置していた(5・23員 小島捜索差押調書、小島一審五回証言)。しかし、脅迫状に使われたものと同一の大学ノートは被告人宅から発見することが出来ず(将田政二当審十三回証言)、領置した大学ノートも法廷には出されていない。ちなみに大学ノートと同様、封筒も五月二十三日被告人宅から領置したが、それもまた脅迫状に使用された封筒と違う種類の封筒であり(将田前記証言)、法廷に出されないでいる。

    7・7原調書二項には「脅しの手紙を書いたノートは前に云った通りで嘘は云ってません」とわざわざ嘘でない旨が記載されているが、これは原検事が被告人の自白のような脅迫状用紙が存在しなかったことを意識し、自白を嘘ではないか、と疑っていたことを示している。取調べを重ねた検事ですら本心では自白を疑わざるを得ない内容であった。捜査本部ではこれも解明出来ずに終わった(将田前記証言)というが、実際は被告人の自白を裏付ける資料が何も無かったという客観的事実であり、この動かす事の出来ない事実こそ脅迫状の用紙や封筒に関する自白が全く虚偽であることを雄弁に示すものというべきである。この自白の虚偽は、脅迫状自体の自白の虚偽に通ずることに特に注意されるべきである。

6.脅迫状の「日時」「場所」、封筒の「宛先」(?)訂正に使用された筆記用具

自白によれば、脅迫状の文面中「4月28日」を「5月2日」に、場所「前の門」を「さのやの門」に、封筒の「少時様」を「中田江さく」と訂正するのに使用した筆記用具はすべてボールペンである、という。しかし押収されている証拠物の脅迫状及び封筒を見れば、訂正に使用された筆記用具は普通のペンとインク、ないし万年筆を使用して書かれたものという感じが強く、ボールペンとみることはできない。被告人の自白は他の点と同様、脅迫状と封筒について激しく変化し、取調べ過程における取調官の誘導によって形成された虚偽架空の自白としか見ることの出来ない内容であるが、その内一貫しているものは筆記用具がボールペンである、という点だけである。しかし、それも虚偽である疑いが強い。訂正に使用された筆記用具がペンとインクによるものであり、ボールペンではない、としたならば被告人の自白は脅迫状と封筒についても真赤な嘘であり、強制され誘導された架空のおとぎ話とならざるを得ない。

(脅迫状の訂正された箇所。いわれてみれば確かに脅迫状本文に使用された筆記具と、訂正に使用された筆記具とでは、その紙面に残ったインク痕から見て別種の筆記具が使用されているように見える。写真は"無実の獄25年・狭山事件写真集=部落解放同盟中央本部中央狭山闘争本部・編、解放出版社"より引用)

7.防禦創とみられる外傷、大陰唇の損傷の存在

被害者から何らの抵抗も受けなかったこと及び姦淫行為において指を全然使用しなかったことは被告人の自白調書全体を通ずる特徴である。

しかし、死体解剖の検査結果を記録した5・16五十嵐勝爾鑑定書によれば「一種の防禦創或いは小競り合い等による」とみられる損傷が存在し(第四章〈1〉の6及び添付写真第八、九号)、また外陰部損傷の内、特に大陰唇損傷は、「加害者の指爪による損傷」であろうとされている(第四章〈1〉の4及び添付写真第十一〜十三号)。従って被害者は姦淫される際、無抵抗であったわけではなく、また加害者は指を使用して姦淫を行なったものである。してみれば、被害者から全然抵抗を受けず、且つ手を全然使わない旨の自白が、客観的事実に反する虚偽架空の物語であるといわざるを得ない。そればかりではなく、強姦殺人の場面についての自白は、例えば、被害者に震えがきたかどうか全然知らない(6・25青木調書四項、6・29青木調書十五項)、精液がペニスに付いていたかどうかわからなかった(7・1第二回原調書四項)、被害者の陰毛が生えていたかどうかは判らない(6・29青木調書十五項、7・1第二回原調書四項)など、少し具体的事実となると全く捉えどころのない「知らない」旨の供述になっていることが注目される。

8.指紋の不存在

自白によっても「私は五月一日には手袋を使いませんでした。鳶職は余り使いません」(6・26青木第一回調書三項)となっており、いかなる意味においても被告人は五月一日当日手袋をしていなかった。従って指紋の存在は重要である。

封筒、脅迫状、身分証明書、万年筆、自転車のハンドル、スコップの柄など、指紋の顕出が容易にできる物体は少なくなかった。しかし検察官が指紋に関し何の立証もしていないところを見れば、少なくとも被告人の指紋は物的証拠から全く採取されていないことが明らかである。このことは被告人が「犯人」ではないことを示すものとして評価しなければならない。

*以上 “(二)自白を否定する物証 ” の引用を終え、次回 “(三)客観的事実に反する自白 ” に進む。