アル中の脳内日記

アル中親父による一人雑談ブログ

狭山の黒い闇に触れる 525

【公判調書1673丁〜】

第三{被害品}                                                 橋本紀徳

   三、筆入

被害者の未発見所持品の内に筆入がある。筆入は前出の五月二日付中田栄作の供述調書第十七項によれば「空色セルロイド、細目のフタつきのもの」である。

六月二十九日付の警察官調書第二十一項で被告人は筆入をとるときの模様を次のように述べている。「私は鞄を下ろしてその鞄を持って行って私が本の捨てたところへ本やその他のものが入った儘足で土をかっぱいで埋めようとしたがあんまり厚みが厚いから鞄を持ち上げチャックを開いて逆さにして中の物をうんまけたのです。その時筆入も一緒に土の上に落ちたけれども蓋もとれず中のものも飛び出しませんでした。私はその筆入だけを拾っておいて本の上へ足で土をかけた後で、筆入を開けてみたら中に鉛筆やペンが入っていました。ペンというのは万年筆のことです。私はそのまま筆入の蓋をして右のいくらか破れていたジーパンの腰のポケットに入れました。中に入っていた鉛筆などがたがた音がしていました」

これから脅迫状を届け、死体の始末をしようとする者が、がたがた音のする筆入をポケットに仕舞い込むなどと云う不要不急のことをどうしてしたか、疑問である。さらに、この時盗った筆入は「小さい物で色はねずみ色の様だったと思います」(六月二十五日付第一回検事調書第六項)とあるが、これは被害者の父親の云う「空色」セルロイドと云うのと矛盾する。

この筆入は五月四日か五日の夕方(六月二十四日付第三回警察官調書第六項)、あるいは五月五日か六日の午后七時頃(六月二十六日付第二回警察官調書第四項)、危険であるからと云う理由で、自宅の風呂場で万年筆のみを残して中身と共に燃やしてしまったと云うのである。この自白は明らかに筆入を自宅まで持ち帰ったことを前提としているが、ガタガタ音のする筆入などを持ち帰ること自体危険なのではあるまいか。そもそも価値のない筆入を奪ってきたと云うのがおかしいのである。また、持ち帰った筆入はどこに隠しておいたのであろうか。何のために隠しておく必要があったのであろうか。筆入は証拠隠滅のため燃やしてしまうが、万年筆は依然隠匿しておくと云うのも首尾一貫しない。総じて筆入に関する自白は内容が不合理不自然であって信憑性を疑うに足る十分なものである。

 

第四 {その他の物証}

前述してきた他にも次のように疑問の残る物がある。  

○腕時計発見現場に存在するビニールの袋。

原審検証の立会人小川松五郎、三十八年七月二日付飯野源治作成の実況見分調書によって認められる。これが何に使われたのか、腕時計といかなる関係にあるのか、自白はもとより捜査記録は一切語らない。腕時計の発見経過には数々の疑惑があるが、右ビニールの存在は一層腕時計に関する自白の信憑性を疑わせしめるのである。

○芋穴のふた

原審第四回公判の高橋乙彦証人の証言によると、芋穴のふたは片方が閉まり、片方が開いていた。しかし六月二十五日付警察官調書第十五項には「その後で穴ぐらのふたをしてきました」と述べている。この矛盾はどう説明できるか。

○ビニールの風呂敷

芋穴の底に落ちていたビニールの風呂敷は、善枝さんの所持品と云われている。この物件に関する自白は変動があり信憑性に乏しい。一部の自白には雨除けのため頭に被ったなどとあり、疑問が多い。

○自転車の荷掛け紐

この物件に関する自白の信憑性も疑わしい。わざわざ自転車から外し捨て去る必然性はどこにあったのか、疑問である。

○鞄、教科書の捨て方

これについては控訴趣意書にくわしい。

〈結論〉

以上のとおり、これら数々の問題点を残して死刑の判決を維持することはできない。よろしく慎重にして十分な審理を遂げられることを望むものである。以上

                                           *

以上をもって橋本紀徳弁護人による “「荒縄」などの物証の問題点 ” の引用を終える。深くて鋭い、そして論理的な文章に老生は圧倒された。また、濃すぎる内容についても例えようがないほど満足できた。

*さて、次回は主任弁護人=中田直人による「筆跡鑑定について」に進む。

芋穴の様子と棍棒・ビニール風呂敷。写真は「狭山差別裁判・第七集=部落解放同盟中央本部編・部落解放同盟中央出版局」より引用。