【公判調書1195丁〜1197丁】
弁護人=「池田正士にどういう話をしたのですか」 被告人=「皆んなに死刑だと言われたので、俺は殺してないからと言って、歌なんか作ったんです。殺してないって歌を。それをかなり歌ってたですね。節は三波春夫の節ですけれども、ちょっと今ははっきり憶えていないですが、散々歌っていたら区長さんが記念にとって置くと言われて取られました」 弁護人=「その頃、池田正士と同じ房だったわけでしょう」 被告人=「はい、そうです」 弁護人=「同じ房というのは、ほかに何人か居たのですか」 被告人=「もう一人居ました。井上とか押田えいきち、どっちかだと思います」 弁護人=「池田正士が出てから押田、井上は代わって入って来たんじゃないの」 被告人=「押田えいきちは代わって入って来たです」弁護人=「すると、たぶん池田と井上とあなたが居ただろうということですか」 被告人=「そうです」 弁護人=「あなたが居た房は分かりますか」 被告人=「十八房です。接見禁止の当時は八房に居ましたが、今度は南側に移されて十八房へ入ったです」弁護人=「その三波春夫調の歌というのは三波春夫が歌うような節で皆んなで歌ったのですか」 被告人=「そうです。東京拘置所へ来てこっちの部長さんに三波春夫の歌の本を見つけてもらったですけど、ちょっと見つからなかったです」 弁護人=「その歌を作ったのは、自分はやっていないという意味のことを込めて作ったわけですね」 被告人=「 “○○(被害者名)ちゃん殺しはさらりととけぬ ” と、そういう風に歌ったです」 弁護人=「歌詞は・・・」 被告人=「 “おみつ殺しは” という、三波春夫の歌があるんです。その節で歌ったんです」 弁護人=「三波春夫の歌の替え歌で “ ○○(被害者名)ちゃん殺しはさらりととけぬ ” という歌を作ったんですね」 被告人=「はい、そうです」 弁護人=「で、池田くんなんかも歌っていたわけですか」 被告人=「そうです。それで少し経って区長さんに解っちゃって取り上げられたです。取り上げられたっていうのは、記念に取っておくって・・・」 弁護人=「歌の文句を紙に書いてあったんですか」 被告人=「ええ、そうです」 弁護人=「その紙を区長さんに取り上げられたわけですね」 被告人=「はい、そうです。だからそれが必要なために手紙を出したら、無いとかって区長さんから手紙が返ってきました」 弁護人=「その取り上げられた時に、区長さんは、そんなものを持ってちゃいかんと言って取り上げたわけじゃなく、記念に取っておくと言ったのか」 被告人=「はい、そうです」 弁護人=「今言った区長さんに問い合わせをしたんですか」 被告人=「はい、往復葉書です」 弁護人=「いつ頃ですか」 被告人=「去年の三月か四月頃です」 弁護人=「その歌を書いてあった紙がどうなったかという問い合わせをしたんですか」 被告人=「そうです。往復葉書で出しましたが、何で時間がかかったか知りませんが、十五日ぐらい経って帰ってきました」 弁護人=「それには、どう書いてあったのですか」 被告人=「石川の持っていた物は東拘へみんな付けてやったから、私の所には何も無いと書いてありました」 弁護人=「その取り上げた、歌の文句を書いた紙について、何か書いてありましたか」 被告人=「もし石川から取り上げた物なら全部東拘へ送ってあるから、私の手元には何も無いと言っていました。随分捜したらしいです」 弁護人=「随分捜したと書いてあったの」 被告人=「ええ、書いてありました」 弁護人=「随分返事が遅れたから、あなたがそう思っているんじゃないの」 被告人=「自分でもそう思います」 弁護人=「あなた、今、歌うように三波春夫の歌の出だしを言ったでしょう」 被告人=「はい」 弁護人=「歌詞を憶えていますか」 被告人=「“ おみつ殺しは ”と、それだけしかね。題名が判れば、東拘の部長さんも判るんです」 弁護人=「その後の文句は、今忘れているんですか」被告人=「ええ」 弁護人=「それに合わせて“ ○○(被害者名)ちゃん殺しは ”と歌ったのですか」 被告人=「ええ、そうです。当時流行っていたんです」 弁護人=「その歌の中であなたは自分でやってないと、はっきり言っているんですね」 被告人=「ええ、三番ごろまでに」 弁護人=「池田正士なんかと、あなたがやってないんだという趣旨の歌を歌ったほかに、自分は無実なんだということについて、池田さんに話したことはありませんか」 被告人=「あります。もし死刑のままだったら、殺してないんだから娑婆へ出てから見てろって言ったです。池田正士にね。それから井上にも言いました」 弁護人=「一審判決を聞いてもあなたとしては死刑になるとは考えていなかったことは判ったんですが、それは、一に長谷部さんとの約束があるからということなんですね」 被告人=「そうです」
*三波春夫「おみつ殺しは〜」の替え歌に関する私の懸念は、上記の問答を読み終えた今、完全に払拭されることとなった。そして「〜さらりととけぬ」という歌詞と、狭山事件の、その後の展開が妙な一致を見せているのではないか、という私の疑問は、恥ずべき愚問であったことに気付かされた。長年脳みそに刺さった小さなトゲが、やっと抜けたような爽快感に、私は早速芋焼酎で一杯始めた。
(写真は“ 劇画・差別が奪った青春・解放出版社 ”より引用)