＊長谷部警視との、十年の約束を信じる石川一雄被告人は、その約束が、一審での死刑判決すら超越すると考えていたようだ。ここまで深く信じ込ませた長谷部警視は、宗教団体の教祖もたじろがせる弁舌の持ち主である。だが、周囲の人々が語る“常識的な”話を耳にし、石川被告人は徐々に洗脳から脱し始める。
弁護人＝「それでもあなたは死刑になると思っていなかったですか」 被告人＝「はい、そうです」 弁護人＝「怖くなかったですか」 被告人＝「別にどうってこと無かったです」 弁護人＝「聞かれた担当さんにもにこにこして話したんですか」 被告人＝「そうです。多分、夜勤の担当さんです」 弁護人＝「運動に出て、一緒にいる人から、判決があった以上お前は死刑だぞと言われたわけですね」 被告人＝「ええ、そうです」 弁護人＝「それを聞いて少し心配になったわけですか、そうでもないの」 被告人＝「別にどうってこと無かったです。だから皆んなに一応言われたので、区長さんに面接つけて聞いてみたです」 弁護人＝「すると、皆んなから言われた時でも、長谷部さんと約束した十年で出られると信じていたわけですね」 被告人＝「そうです。だけど、区長さんに言ったら、運動に出たとき俺に死刑だと言った人は、どこかへ転房させられちゃったです」 弁護人＝「区長さんに言ったことをもう少し話して貰いたいんですけれども、東京へ行きゃ大丈夫だということを言ったんですか」 被告人＝「そうです。嘆願書も出してやると言ったんです」 弁護人＝「その他に一審の判決で、死刑になってもいいんだということは言わなかったですか。つまり東京へ行けば大丈夫だと」 被告人＝「ええ、東京へ行けば大丈夫だと言ったんです。それで控訴の理由も区長さんが書いてくれたんです」 弁護人＝「あなたは区長さんが書いてくれた控訴状を写したんですか」 被告人＝「写したわけです」 弁護人＝「その控訴した時には、あなたの気持の中を聞くんだけれども、皆んなが言うように、死刑になるのかも分からんという風には、まだ思っていなかったのですか」 被告人＝「ええ、思っていません。だから、池田なんかに歌を作って書いて、自分で殺してないことは分かってたから、歌も作ったです」 弁護人＝「池田正士の話が出たから、ついでに聞きますが、池田正士という人と一緒になったのは、判決があった前ですか、後ですか」 被告人＝「判決後です」 (続く)
(写真は“ 劇画・差別が奪った青春・解放出版社 ”より引用。中々尖った内容に満足している。この古本は十年以上前に五百円で購入、最近では古本市でも見当たらなくなった)
