『原文を読みやすくするために、句読点をつけたり、漢字にルビをふったり、中見出しを入れたり、漢字を仮名書きにしたり、行をかえたり、該当する図面や写真を添付した箇所があるが、中身は正確である』
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【公判調書3474丁〜】
「筆跡などに関する新しい五つの鑑定書の立証趣旨について」
弁護人:山下益郎
(二)
(立証趣旨の概略)
1「大野晋鑑定書について」
(前回より続く)石川君は上申書さえ警察の指導がなければこれを表記することが出来なかったはずであります。というのは上申書用紙の下端に明らかに「上同」と縦書きの筆跡が残存しており、これは石川が最初縦書きで書き始めたのを、捜査官が検証の意味で脅迫状に似せて横書きを勧めたことを示す歴然たる証拠であります。さらに上申書の終行には「右 石川一雄」と署名しております。作成文と作成者の同一であることを示す「右」は、かなり文章を書き慣れた人でさえ、よく表記し得るところではありません。石川君はこの「右」という字さえ書き誤り、「(原文は印字不鮮明:写真参照)」
と表記していますが、左右という字が最も初歩的な教育漢字(小学校一年生の教育漢字)であることから考えても、当時、石川君の文字能力がいかに低劣なものであったかがおよそ想像がつくのであります。
高村鑑定は脅迫文の当て字について「果たして筆者がその字を知らなかったか否かは疑問である。ともあれ検査物件はいずれも書写能力が仲伯(注:1)している」と記載しますが、もし上申書が検査物件に用いられていれば右のごとき意見を述べることは出来なかった筈で、これは冒頭に指摘した通りであります。本鑑定人は万葉仮名遣いについて我が国における屈指の権威であり、本鑑定書は是非とも採用されねばなりません。
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2「磨野久一鑑定書について」
本鑑定人は小学校教育、特にその国語教育に三十年間従事された現場教師の立場から、本件脅迫文が小学校五年修了程度の学歴、学力能力を有する者が記述したものではないことを立証しようとするものであります。大野鑑定書が文章起草能力という一つの問題を提起したのに対し、本鑑定書はさらに具体的に現実の読み書き能力を明らかにしようとするところに、他の二つの鑑定書のいずれとも異なった新しい角度から鑑定人の教育実践をもとに問題の解明にメスを入れようとしたものであります。
本鑑定書は先ず、脅迫文における句読点の付(ふ)し方に注目し、これを分析し、その読み書き能力を推定しています。脅迫文に付されている句読点は極めて正確であり、これは筆者の文意識の正しさを示しておるが、横書き文章に句読点を付することは縦書きに比し極めて困難なことであることを指摘しているのであります。特にセンテンスにおける接続助詞の次に読点が付され、すなわち「もし金をとりにいって、ちがう人がいたら」のごとく「て」の次に正確に読点を付しているが、これはこの筆者が本来、正しく句読点を付し得る能力を持っていることを示しています。
本鑑定人は客観的な資料を用いて、小学校六年生においても、全く句読点を付し得ない者が百名中、二十六名にも達することを明らかにしました。脅迫状は明らかにその句読点は正確であり、この点からもその読み書き能力は相当高度の学力を有する者の手になるものと思料せざるを得ないというのであり、極めて説得的なものであります。
(続く)
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注:1 伯仲(はくちゅう)=よく似ていて、優劣のないこと。