『連続ピストル射殺事件』の被告人=永山則夫に対する裁判で、第一審の判決は死刑が下された。第二審はどうか。

*
【東京高裁判決 船田三雄裁判長】
「原審が死刑を選択したことは首肯できないわけではない」と前置きしたうえで、「しかしながら」と、死刑への基本的な見解を打ち出した。
「死刑が合憲であるとしても、その極刑としての性質に鑑(かんが)み、運用については慎重な考慮が払わなければならず、殊(こと)に死刑を選択するにあたっては、他の同種事件との比較において公平性が保障されているか否かにつき十分な検討を必要とする」
「ある被告事件につき死刑を選択する場合があるとすれば、その事件については如何なる裁判所がその衝(注:1)にあっても死刑を選択したであろう程度の情状がある場合に限定せらるべきものと考える。立法論として、死刑の宣告には裁判官全員一致の意見によるべきとの意見があるけれども、その精神は現行法の運用にあたっても考慮に値する」
注:1「衝(しょう)」=つく。ぶつかる。つきあたる。
「そして、最近における死刑宣告事件数の逓減(注:2)は、以上の思考を実証するものといえよう」
注:2「逓減(ていげん)」=数量や程度がだんだんと減ること。
こうした見解を「基礎」に、永山被告の情状について再検討した結果は、
一、出生以来、極めて劣悪な生育環境にあり、父は賭博に狂じて(注:3)家庭を顧(かえり)みず、母は生活のみに追われて被告人らに接する機会もなく、幼少の被告人を見放して実家に戻ったため、被告人は兄の新聞配達の収入等により辛うじて飢えをしのぐ等、愛情面においても、経済面においても、極めて貧しい環境に育った。人格形成に最も重要な幼少時から少年時にかけて、右のように生育して来たことに徴すれば、犯行当時十九歳であったといえ、精神的な成熟度においては(少年法によれば死刑を科し得ない)十八歳未満の少年と実質的に同視し得る状況にあったとさえ認められる。
かような劣悪な環境にある被告人に対し、早い機会に救助の手を差しのべることは、国家社会の義務であって、福祉政策の貧困もその原因の一端というべく、これに眼をつぶって被告人にすべてを負担させることは、いかにも片手落ちの(注:4)感を免(まぬが)れない。社会政策の貧困も、被告人とともにその責任をわかち合わなければならない。
注:3「狂」=この言葉は現在、差別用語とされている。
注:4「片手落ち」=この言葉は現在、差別用語とされている。
二、被告人は(一審後の)一九八〇年十二月、かねてから文通で気心を知ったI子と婚姻し、人生の伴侶を得て、現在の環境に変化があらわれた。当審においても証人として尋問したが、その誠実な人柄は法廷にもよくあらわれ、たとえ許されなくても被害者の遺族の気持を慰藉(注:5)し被告人とともに贖罪の生涯を送ることを誓約している。
右のように誠実な愛情をもって接する人を身近に得たことは、被告人にとってこれまでの人生経験上初めてのことであろう。被告人は当審の本人質問にも素直に応答し、その心境の変化が如実にあらわれているように思われる。
注:5「慰藉(いしゃ)」=心をなぐさめて、いたわること。
三、被告人は獄中にて著述を重ね、印税から函館事件の被害者の遺族に四百六十三万円、京都事件の遺族に二百五十二万円を送り、慰藉の気持ちをあらわしている。I子は被告人の意を受け、弁護人とともに名古屋、函館、京都事件の三遺族を訪れ、名古屋事件の遺族は息子へのせめてもの供養として、金員の受領を拒んだけれども、I子に対しては心よく応対し、激励の言葉すら述べていることが窺われる。また、東京事件の被害者の墓参をして衷心(注:6)から弔意を表し、受領を拒否されている名古屋、東京事件の遺族に対しても、将来その受領が認められるならば支払いをするため準備し、I子、被告人ともども将来にわたって印税をその支払いにあてるべく誓約している。
注:6「衷心(ちゅうしん)」=心の底からの偽りのない気持ちや、本当のまごころを意味する言葉。
「以上のとおり、原判決当時に存在した被告人に有利ないし同情すべき事情に加えて、当審において明らかになった更に被告人に有利な事情をあわせ考慮すると、現在もなお死刑を維持することは酷に過ぎ、各被害者の冥福を祈らせつつ、その生涯を贖罪に捧げしめるのが相当であるというべきである」。裁判長は、生きて罪を背負っていくことを永山被告に求めた。(続く)
*
(参考文献:「検証・最高裁判所」毎日新聞社会部)