アル中の脳内日記

アル中親父による一人雑談ブログ

狭山の黒い闇に触れる 1464

    狭山事件発生から五年後の昭和四十三年、当時の日本を震撼させる事件が起きた。

    永山則夫による『連続ピストル射殺事件』である。

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[起訴罪名=窃盗、殺人、強盗殺人、同未遂、銃砲刀剣類所持等取締法違反、火薬類取締法違反]

    永山被告は十九歳だった一九六八年十月から十一月にかけ、米軍横須賀基地からけん銃一丁と銃弾五十発ぐらいを盗み出し、東京プリンスホテルと京都の八坂神社境内で勤務中の警備員を射殺後、函館と名古屋でタクシー運転手を射殺して売上金を奪った。東京へ戻って新宿の深夜喫茶店でボーイとして働き、翌年四月、千駄ヶ谷のビジネススクールの事務室を物色中、駆け付けた警備員にけん銃を発射して逃げたが、途中で警官の職務質問を受けて逮捕された。そのとき、けん銃と銃弾十七発を持っていた。

    永山被告は一九四九年六月、子供八人の七番目(四男)として北海道の網走で生まれ、父の家出後、故郷の青森県へ戻っていた母のもとに引き取られた。その母が魚の行商で生計を支えた。中学校を卒業すると、集団就職で上京し、渋谷のフルーツパーラーに勤めた。一審中の一九七一年には、拘置所から手記「無知の涙」を出版し、法廷では「こういう事件が起きたのは、おれが無知だったからだ。無知なのは貧乏だったからだ。おれはそれが憎い」と主張した。

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                 【東京地裁判決   蓑原茂広裁判長】

「我が国犯罪史上まれにみる重大な事件」として、挙げたのが、

    一、何らの落ち度なく責められるべき点のない四名もの善良な市民の貴重な生命を奪ったもので、被害者及びその遺族らの無念さと憤りは想像に余りある。

    二、被告人に何ら憫諒(注:1)すべき動機は存せず、人命蔑視の念が如実に現われている。

   (注:1「憫諒:びんりょう」=他人の不幸や苦しみを深く思いやり、あわれむこと)

    三、けん銃という最も危険な兇器を用い、いずれも至近距離から数発の弾丸を撃ち込んだ。

    四、二つの殺人事件後、次兄に犯行を打ち明けた際、強く自首を勧められたにもかかわらず、「自首するなら死んだ方がましだ」と拒否し、より重い強盗殺人などの犯行に及んだ。

    五、犯行の原因を、貧困と無知を生み出した社会や国家、資本主義のせいとし、幼いころからの母親の愛情のなさ、兄たちの思いやりのなさを非難し、悔悟(注:2)反省は認められない。法廷でも、弁護人、検察官、裁判官に罵言や脅迫的言辞を発し、三回にわたり弁護人を解任・辞任させた。

    (注:2「悔悟:かいご」=自分の過去の過ちや罪の悪さを自覚し、心から反省して悔やむこと)

    六、十年に及ぶ拘束期間中に読書も重ねていて反省の機会も十分あったのに、自己中心的、他罰的、暴発的、非人間的な性格は根深く固着化し、その改善は至難と思われる。                                                                

などの点である。

    その一方で、被告の素養と生育歴に関する「同情すべき事情」も取り上げた。

    一、父は賭博に耽って家庭を顧みず、生活のために働いていた母が実家に戻る際には置き去りにされ、人格形成上最も重要な幼少期から義務教育の時期にかけて、かなり環境の悪影響を受けた。

    二、小、中学校時代、貧困などの理由で欠席が多く、協調性、社会性も未熟のまま、集団就職で上京して大都会へ放り出された。

    三、捜査官に対する供述調書、著書の内容などから、一時は改悛の情も見受けられた。

    四、函館事件の遺族に著書の印税収入百五十五万円を贈っている。

「しかし、さらに翻って考えてみると」と判決文は続ける。

    一、被告人と同じ条件下に育った兄たちは概ね普通の市民生活を送っているし、各犯行は、上京後、職に就いて一応社会生活を三年以上も送ったのちに行なわれ、幼少期などの環境不良のみを過大視すべきではない。被告人が自ら選択し、形成した無反省な生活態度を無視できない。

    二、犯行時に少年ではあったが、いわゆる年少少年ではなく、十九歳三ヶ月から十九歳九ヶ月の年長少年だった。

    三、未決勾留が長期に及んでいるのも、主たる原因は被告人がつくり出し、余り重視できない。

「前示のような諸事情を総合してみるとき、被告人に有利な一切の事情を参酌(注:3)しても、なお、死刑を選択せざるをえない」。蓑原裁判長は、そう締めくくった。

(注:3「参酌:さんしゃく」=他の事情や資料を"比較・参照して参考にすること"や"考慮に入れて判断すること")

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    ◯上述のとおり、第一審では死刑判決が下されている。

    ところで、「永山基準」という言葉があるが、これは日本の刑事裁判で被告人に死刑を選択するかどうかを判断するため、本件における一九八三年の最高裁判決で示された九つの量刑考慮要素のことである。

   さて、 『連続ピストル射殺事件』裁判、その第二審の判決はどうなっているだろうか、次回へ続く。