【脅迫状の謎】⑦
まずは写真①②を見ていただきたい。

①昭和三十八年五月二十一日付の書面。

②同年七月二日付の書面。
以上二点の書面は石川被告が書いたものであるが、このような筆癖を持つ者が写真③の書面を書いた者と同一人だと、確定判決では鑑定・認定されているのである。

③脅迫状。
これを見た人の中には「いやぁ、筆跡はそっくりだ」という奇特な方がおられるかもしれない。あるいは「両者の筆跡はまるで違う」という老生こそ奇特な人間なのかもしれないが、何しろ裁判の判決によれば両者の書面は同一人物が書いた、つまり石川一雄被告の筆跡によるものと認定されているのである。
石川被告の自白によれば、少女向けの雑誌『りぼん』を手本(字を拾った)にして書いたとされる本件脅迫状であるが、実はその手本とされた肝要肝腎な雑誌『りぼん』は当時、石川被告宅には存在していなかったことが明らかになっている。この事実が判明したのは、『りぼん』に関して石川被告の妹と友人四名の供述調書が開示されたことがきっかけである。
仮に石川宅に当時『りぼん』が存在し、その中から字を拾い上げ脅迫文を書いたとして、ではその脅迫文にみられる奇妙な当て字(万葉仮名的用法)について、いったいどういった説明できるのであろうか。