【脅迫状の謎】③

本件脅迫状における『時間』に関連する記述は次のとおり。
◯夜12時(に佐野屋の門にいろ)
◯時が一分(でも遅れたら子供の命がない)
◯時かんどおり
◯時かんどおり
◯1時かんご(子供は無事にとどける)
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脅迫状は時間に関して執拗なこだわりを見せている。そしてこれを守るかどうかが「子供の生死にかかわる」ことと結びつけており、脅迫された側は否応なしに時間厳守を強いられるよう文章は作成されている。
これほど時間、時間と文面に盛り込んだのは、犯行の晩、正確な時刻を知り行動できる自信の表れであると言えるだろう。
確定判決では、脅迫状を書いたのは石川被告と認定されている。だが、身の代金を取りに佐野屋へ向かった彼は当夜、腕時計など着用していないことが公判調書より明らかである。夜12時という時刻を彼はどういった手段で知り得たのか。まさか「月の高度」と「月の満ち欠け(月齢)」を組合せた上、「一時間で約十五度動く」「公転のため毎日約五十分遅れて昇る」という変化を考慮し国立天文台の暦計算を用い「月の高度と方位」より時刻を割り出したとは到底考えられない。しかもそれを夜中、佐野屋へ向かいながらとなると全くあり得ない話である。
したがって事件当夜、佐野屋に現われた犯人は石川被告ではないと考えるのが合理的ではなかろうか。
と、ここまで書いておきながら次の情報が見つかったので追記しよう。
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「私は五月二日の夜九時頃家を出ました。この時、時計を持っていないし、家の時計を見たわけではないから正しい時間は分かりませんが大体九時頃と思います。(中略)時間ははっきり分かりませんが、私は"五月二日の夜十二時に佐野屋のところへ持って来い"ということを書いてやりましたから大体その時間と思って佐野屋のところへ行きました」(六月二十四日付員:青木一夫調書)
「〜大体その時間と思って」と、ひと一人を殺し尚且つ身代金を喝取しに向かうにしては、かなり大雑把な時間感覚であり、脅迫状でみられた時間厳守へのこだわりはどこかへ消えている。これはつまり脅迫状を書いた者と石川被告とはまったく別人であることを物語っているのである。