アル中の脳内日記

アル中親父による一人雑談ブログ

狭山の黒い闇に触れる 1385

   ◯前回に引き続き、消防団員S氏の話を引用してみようと思う。

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問:「Sさんは、事件が起きたとき、誰が犯人だと思いましたか」

S氏:「あの頃、堀兼の方に養豚場があったんだけど、そこの連中が怪しいと思ったね」

問:「同じようなことをおっしゃってる方はかなり多いようなんですけど、あの養豚場の評判はそんなにも悪かったんですか」

S氏:「かなり悪かった。あそこは日頃から、悪さをするような連中ばかりが集まってたところだったから」

問:「そこの従業員が金欲しさにやった、っていう・・・」

S氏:「そうだね。あの時はちょうど東京で『吉展ちゃん事件』が起きたすぐ後だったし・・・。だから、それを真似した悪いのがやったんだな、って思ったね」(2009年5月取材)

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(ここからは2009年9月の取材)

問:「もう一度確認させて頂きたいのですが、カバンはどこにあったのでしょうか」

S氏:「もう、はっきり覚えていないところもあるんだけど・・・前回は何て言ったっけ」

問:「前の時は"茶の木の根元に置いてあった"というお話だったんですが・・・」

S氏:「うーん・・・それ、もしかしたら穴の中だったかも知れないな」

問:「やっぱり、芋穴ですか」

S氏:「そうだったかも知れない。でも、ありゃあ今考えてもやっぱりカバンだったな・・・。自分たちは、死体の埋まっている跡に気づかないでいっぺんその上を通り過ぎちゃってるんだ。もしそれがなかったら、後戻りしようなんて気が起きるはずないし・・・。風呂敷とか棒なんか見たって何とも思わないだろうしさ」

                                             ♢

◯著者による、巧みな記憶喚起を含めた質問により、S氏はカバンは芋穴の中にあったことを思い出しているが、これは「狭山事件・現地からの報告(たいまつ社)」の記述と見事に符合することとなる。

   なるほど、考えてもみれば、殺人犯が殺害現場付近の芋穴に被害者の所有物を捨てるという行動は合理的であるかも知れない。カバンと教科書類を殺害現場から離れた場所へ運ぶ危険性とそれに消費される時間を共に回避できるからである。

   消防団員S氏の証言から察するに、これは単なる推測に過ぎないが、当時の山狩りに参加した機動隊員や消防団員らの間には、カバンが殺害現場付近に存在していたことがひそかに知られていたのではなかろうか。さて、著者によるS氏への問答は続く。

問:「裁判で『第一発見者』になっているOさんって、その時現場にはいたんですか(O=消防団員:筆者注)」

S氏:「いない。あのOって人は、分団も違うしね、その時現場にはいなかった」

問:「それなのに、どうしてあの方が発見者になってしまったんでしょうか」

S氏:「何であんなことを言い出したのか・・・ちょっとこっちでは分からないなぁ・・・。裁判にあの人が呼ばれたのも知ってるんだけどさ・・・。だからその時は消防団の中でも、『何であの人が(裁判で)話すんだ?』って言ってるのがいたんだよ」

問:「やはり、それは警察に頼まれた、ってことだったんでしょうか」

S氏:「その辺も何があったのか・・・・・・分からないなぁ・・・。とにかく、こっちは(死体を)見つけた時に警察に事情聞かれただけで、裁判に出てくれって話は全然来なかったよ。その頃は仕事が忙しくて暇なんかなかったから、そのことは別に気にもしなかったけどね」

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   ◯第一発見者はS氏ではなく別の消防団員とされて裁判は進行している・・・。S氏の証言が事実とすれば、カバンの問題と同様にこちらにも捜査当局による奸計と作為が働いていたこととなる。

   久々の再読は事件にまつわる新たな疑惑を喚起させ、正月、ほろ酔い気分の老生にきつく鞭を打ってくれた。

写真は、畏怖の念をもって引用させていただいた本「検証・狭山事件(伊吹隼人:著)」である。