アル中の脳内日記

アル中親父による一人雑談ブログ

狭山の黒い闇に触れる 1381

   佐野屋での張り込み失敗、犯人取り逃しについては、地元の地理に明るい狭山警察ではなく埼玉県警中心の張り込み体制をとったためと説明されている。が、しかしそれは事実と大幅に食い違う。

   当時、県警刑事部捜査一課にいた山下了一警部は第一審二回公判で、二日夜の佐野屋の張り込み体制について証言している。

『私は、佐野屋の真ん前の茶畑の中、道路から二、三株くらいの茶株のところに、狭山署の本田刑事と張り込んでいました。他には、佐野屋の前に大谷木警部(県警):飯野刑事(狭山署)、佐野屋の西の三叉路に石原部長(県警):関口部長(狭山署)、それからさらに東の方に遠藤警部補(県警):鹿野刑事(狭山署)がおりました』

   つまり、県警と狭山署の警官が二人一組での張り込みを行なっており、そのうち大谷木:飯野組と山下:本田組は、現われた犯人から最も近い距離にいたのである。にもかかわらず、不思議なことに、この四人の警官は、犯人と登美恵さんが十分近く問答している間に犯人を捕えようとする動きは何一つしなかったのである。犯人が『おらあ、帰るぞ』と言い残して茶株の影から姿を消してから、やっと立ち上がるのである。

(◯印=佐野屋・×印=犯人が現われた場所)

   佐野屋での張り込みに先立ち、警察・家族は、犯人の要求してきた身代金二十万円を、現金ではなく新聞紙で用意する。中田家は村の素封家であり、二十万円程度の金は十分現金で準備できた。善枝ちゃん事件より一ヵ月前に東京で発生した村越吉展ちゃん誘拐事件では、両親は子供を無事に返してもらいたい一心から、現金五十万円を警察の目を盗んで犯人の指定した場所に届けている。善枝ちゃん事件の場合はなぜ新聞紙なのか。警察は佐野屋の張り込みで犯人を逮捕できるという自信があったのか。しかし、実際の張り込みでは、登美恵さんと犯人の十分間にも及ぶ問答の間じっとして居続けることを通して、むしろ犯人に逃げる機会を与えている。

   警察の佐野屋の張り込みの不手際は、のちに石川さんの無実を証明しようとする人々の間で大きな疑問となり、さまざまな議論を呼ぶことになるのである。

   三日未明、犯人を取り逃した警察は、その日の早朝から地元の消防団員の協力を得て、大々的な山狩りを開始している。

   この犯人取り逃し、即山狩り開始という捜査方針は、誘拐事件の捜査としては極めて非常識である。人目に立つ大々的な捜査は、まだ生死が確かめられていない善枝さんの安全を脅かすことになるからだ。にもかかわらず、四日は、さらに人数を増して山狩りを行なうのである。

   そして、午前十時過ぎ、入間川東里の新井千吉さん所有の茶畑の農道から、善枝さんの死体が発見された。

文章のみ「狭山事件・現地からの報告(たいまつ社)」から引用。