アル中の脳内日記

アル中親父による一人雑談ブログ

狭山の黒い闇に触れる 1378

                                【隠された証言】③

                                            *

   中田善枝さんの父=中田栄作さんは、善枝さんが行方不明になった翌日の五月二日、

『私の娘は街中などで甘い言葉で欺(だま)されて自動車などに乗せられるということは、平素気性が強い方でありますので殆ど考えられません』

と、語っている。

   善枝さんは、O君と出合ったあと、顔見知りの男に出会ったと考えるのが妥当ではないだろうか。警察も当初は顔見知りの犯行として捜査していた。しかし、O君の証言が取消される五日から七日にかけて、警察は捜査方針を大きく転換するのである。

   事件が発生してから警察は、善枝さんが十六歳の高校生とあって、顔見知りの犯行として捜査に着手した。そして、いわば地元である堀兼一帯に大がかりな聞込み捜査を開始するのである。

   三月三十一日に発生し、この善枝さん事件が起きた時には、まだ解決していなかった吉展ちゃん事件の二の舞にならないようにと、埼玉県警始まって以来という捜査体制を敷き、特別捜査本部も堀兼支所に設けた。けれども聞込み捜査は一向に進展しないのである。純農村地帯である堀兼は、『身内から犯人を出したくない』として、警察の聞込み捜査には極めて非協力であった。そして"身内"の情報は決して話さないかわりに、何の根拠もなしに"よそ者の仕業"ということを誰ともなしに言い始めるのだ。

                                             ♢

   五月六日、中田家の元作男のOさんが結婚式を直前にひかえて自殺している。Oさんは堀兼の青柳に実家がある。しかし、警察はこのOさんの自殺については徹底して調べず、翌七日には「元作男Oさんはシロ、少年O君の証言は曖昧」と発表するのだ。

(自殺した古井戸)

   Oさんが自殺した六日、警察は、市内の被差別部落から堀兼に移ってきて養豚業を営んでいたいわば"よそ者"のIさんからスコップ紛失届を取っている。それと合わせてI養豚出入り関係者についての聞込みを行なっている。その後、五月十一日に「スコップ」が発見されるのだが、この「スコップ」は、Iさんに確認を取らないうえ、鑑定結果も待たずに「Iさん方から盗まれ、犯人が死体を埋めるのに使った」と断定されるのである。そして、「I養豚から犬に吠えられずにスコップを持ち出せるのは出入り業者だけ」として、出入り関係者を中心に部落青年百二十人に対する大々的な聞込み捜査が行なわれていくのである。

(当時の養豚場)

                                              ♢

   警察は、O君の証言を調べていないのかというと、そうではない。O君をわざわざ関口自転車店の付近まで連れて行き、詳しく説明させているのである。そして関口自転車店付近への聞込み捜査も行なっている。しかし、その結果については、東中野球部員の持っていたスコアブックも含めて、何も公表されていない。七日、「O君の証言は曖昧」と発表しただけである。

(「狭山事件・現地からの報告:たいまつ社」より引用)