アル中の脳内日記

アル中親父による一人雑談ブログ

狭山の黒い闇に触れる 1377

                              【隠された証言】②

(「狭山事件・現地からの報告:たいまつ社」より引用)

   五月七日、善枝さんの担任のU先生は、

『私は中田さんが学校を出て行くのを見ませんが、生徒のKさん、Nさんから、午後三時半頃学校を帰宅のため出て行ったという事を聞いております』

と供述している。U先生も言っているとおり、U先生は直接善枝さんが三時半頃帰って行くのを見たわけではない。このU先生の供述を裏付ける証言は、五月二十九日まで出てこない。

   五月二十九日、Nさんは原検事の取調べに対して『中田さんが私に"さようなら"と言って教室を出たので、三時二十四分の電車に乗ろうと思い、時計を見たら三時二十三分だったので間に合わないと思って、次の電車にしました』

と述べている。そして五月二日『善枝さんは早めに帰った』かに語っていたT子さんが、五月二十九日、やはり原検事に対して、

『三時半頃、私に"さようなら"と言って学校から帰りました』

と言っているのである。

   なぜ、善枝さんの下校時間が問題なのか。

   善枝さんが二時半頃下校し、入間川郵便局に寄ったあと、沢街道の関口自転車店の付近でO君とすれ違っているなら、善枝さんは石川さんと出合うはずがないからである。

(当時の川越高校入間川分校)

   確定判決は「石川さんと善枝さんは山学校のそばのX字型十字路で三時五十分に出合った」と認定している。善枝さんが関口自転車店とは方向違いのX字型十字路に三時五十分に現われるためには、途中で小一時間暇をつぶした上で、来た道を大きく逆方向に戻らなければならない。一度、沢の関口自転車店から堀兼へ向かった人間が、逆戻りして加佐志街道のX字型十字路に出るということは、極めて不自然であるのだ。この日、降ったり止んだりの雨が二時二分から降り始めており、四時二十分から本降りとなる。

   『誕生日だから早く帰る』と言って小降りの雨の中を帰っていった善枝さんが、一旦は関口自転車店まで来たが、引き返してX字型十字路へ出るということは、まずあり得ないのである。

   要するに、善枝さんは三時五十分にX字型十字路で石川さんと出合うことはないと言えるのだ。石川さんと善枝さんが出合わなければ、石川さんによる善枝さん誘拐・強姦・殺害・死体遺棄という犯行は存在しないことになる。

   五月五日のO君の証言は、石川さんは無実であることを物語っているのである。O君は「女性自身」の記事からも明らかなように『五日一日、善枝さんに出合ったのは間違いない』と語っている。そして、O君の言う『善枝さんと沢街道の関口自転車店の付近で出合ってから東中に着いたら、決勝戦の三回のおもてだった』という話は、級友のT子さん(五月二日付供述調書)、M子さん、Y子さん、Y江さんなどの「二時三十五分に授業が終わってからすぐ、『誕生日だから早く帰る』と言って一番先に教室を出た」という証言と一致する。

   新聞報道による善枝さんの下校時間は、二時半頃とするものと、三時半頃というものと二つある。このうち二時半という下校時間を積極的に打ち出している埼玉新聞は「誕生日とあってホームルームを休み早く帰った」と、五月四日に報道している。つまり、下校時間二時半頃の話を総合すると次のようになる。

   善枝さんは『今日は誕生日だから早く帰る』と言って二時三十五分直後、一番先に教室を出た。六時限終了後のホームルームは休んでいる。その後、入間川郵便局に立寄り領収書を受取り、沢街道の関口自転車店付近でO君とすれ違った・・・。(続く)

                                            *                                    

   ◯愛を込めて引用している本書は、やはり良書であると思える。その理由は、発行からかなりの年月を経ているにもかかわらず、内容の緊張感が失われずにいるからである。身震いし悪寒を感じつつ再読に勤めようか。