
【狭山事件第一審判決】
五、法令の適用
被告人の判示第一の行為中、強盗強姦の点は刑法第二百四十一条前段に、強盗殺人の点は司法第二百四十条後段に各該当し、一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、同法第五十四条第一項前段、第十条により重い強盗殺人罪の刑に従い、第二の所為は同法第百九十条に、第三の所為は同法第二百五十条、第二百四十九条第一項に、第四の(一)乃至(四)の各所為は同法第二百三十五条[(一)乃至(三)についてはなお同法第六十条]に、第五の所為は森林法第百九十七条、刑法第六十条に、第六の所為は刑法第二百四条に、第七の(一)、(二)の各所為は、同法第二百八条[第五については罰金特臨時措置法第二条を、第六、第七の(一)については同法第二条、第三条第一項第一号、刑法第第六十条を、第七の(二)については罰金臨時措置法第二条、第三条一項第一号を各適用]に、第八の所為は刑法第二百五十二条第一項に各該当し、以上は同法第四十五条前段の併合罪の関係にある。
そこで情状について考察するに、まず本件第一乃至第三の強盗強姦、強盗殺人、死体遺棄、恐喝未遂の各犯行は、判示の事情により迷惑をかけた父へ十三万円を渡し、残りの金を持って東京へ出ようとして考えた幼児の誘拐を手段とする身の代金喝取の計画に起因するものであるが、被告人が判示加佐志街道で中田善枝に出会い、同女により右計画を達成しようと決意し当初は、未だ同女を殺害し、その死体を埋めて犯跡を隠蔽することまで考えていたとは思われないところ、善枝を「四本杉」の雑木林に連れ込んだ後における一連の犯行は判示のとおりであって、まさに鬼畜の所行とも見らるべきものである。すなわち無抵抗の同女を松の立木を背負わせて後手に縛り、目隠しを施し、所持品を強奪したうえ、獣欲を起こして一たん松の木からはずし、再び後手に縛りなおして、同女を杉の根元に足払いをかけて仰向けに転倒させ、救いを求める同女の頸部を強圧しつつ強姦を遂げ且つ殺害した所為は、善枝が当日十六歳の誕生日を迎えたばかりのけがれを知らぬ少女であったことと考え併せ誠に残忍極まりないものというべく、次いで死体を芋穴に運び、綿細紐と荒縄を用いて足首を縛って逆吊りにし、後記のとおり中田栄作方に脅迫状を届け、再び右芋穴に引き返して農道に穴を掘り、前記の如く手足を縛り、目隠しを施し、荒縄をかけたまま土中に埋没した所行に至っては、一片の人間心さえ見出すことができず、悪虐非道の極みといわなければならない。かくの如くして、被告人は善枝を殺害してしまったにも拘らず、あくまで身の代金喝取の目的を捨てず、判示脅迫状に善枝から奪った身分証明書を同封して同女の父中田栄作方に届け、同女の乗用していた自転車をも右栄作方物置の軒下に置いて、善枝の生命が確実に被告人の掌中に握られており、危険が切迫しているかの如く右栄作をして諒知(りょうち)せしめ、同人及びその家族の驚愕と悲嘆につけ込んでその目的を達成しようとした所為は、被告人の悪虐残忍性を余すところなく現わしているものというべきである。
一方翻って被害者中田善枝は、未だ十六歳の高校一年生で、幼にして母と死別したが、父栄作の手で男三人、女三人の中の末娘として愛育されて幸福な日々を送り、学業成績も優れ、性格は明るく、責任感が強く、学校では教師級友の信頼も篤く、何ら非違のない清純無垢の少女であったのに、被告人の残虐な犯行により辱めを受け、うら若い生命をも奪われて見るも無惨な姿で死体を棄て去られたことは、本人としても死にきれなかったであろうし、妻亡き後男手一つで今日まで善枝を育て上げた父栄作、また母を失った後互いに相扶(たす)け、相いたわり合って仲良く暮らしてきた兄弟の悲嘆、驚愕はとうてい筆舌に尽くし難く、その悲しみは何物をもってしても慰藉(いしゃ)し得ないものといわなければならない。
次に判示その余の窃盗、傷害、暴行、横領等の各犯行は、横領を除きいずれも被告人が養豚業石田一義方に雇われていた数ヶ月の間に行なわれ、しかも雇主その他の不良仲間との共犯によるものが多いが、被告人がたやすく右不良仲間と共に右犯行に及んだことは被告人の不良性、反社会性を現わすものと見ることができる。
なお本件は、あたかも東京都内に発生したいわゆる吉展ちゃん事件が世上に騒がれていた最中に行なわれたことにより、全国の人心に極度の恐怖と不安を与えたことも無視できないところである。
被告人が、判示の如く小学校すら卒業せずして少年時代を他家で奉公人として過ごし、父母のもとで家庭的な愛情に育(はぐく)まれることができなかったことはその教養と人格形成に強い影響を及ぼしたであろうこと、そしてそれが、家庭貧困の理由によるものであって、必ずしも被告人だけの責に帰することができないこと、本件第一乃至第三の各犯行については、捜査の当初においては全面的に否認していたが、その後すべてを自白し深く反省悔悟し、被害者中田善枝の冥福を祈り、その遺族に対しても謝罪の意を表していること、未だ二十五歳の若者で前科もないことなどは、被告人にとって有利な情状ということができるのであるが、判示第一乃至第三の各犯行の手段、態様、結果の重大、その他前記各犯情に鑑(かんが)みれば、右有利な諸事情も特に被告人に対する量刑を軽くすべき情状とはなし難い。
よって被告人に対しては、判示第一の強盗殺人罪について所定刑中死刑を選択して処断し、これと併合罪の関係にある判示第二乃至第八の罪の各刑は、刑法第四十六条第一項本文によりいずれもこれを科さないこととし、押収に係る主文記載の身分証明書一通、万年筆一本、腕時計一個はいずれも被告人が判示第一の犯行により得た賍物で、被害者に還付すべき理由が明らかであるから、刑事訴訟法第三百四十七条第一項により、これを被害者中田善枝の相続人に還付し、訴訟費用は、同法百八十一条第一項但書を適用してこれを被告人に負担させないことにする。
よって主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 内田武文 印
裁判官 秋葉雄次 印
裁判長 杉木之夫 印
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◯・・・こうして狭山事件の第一審判決は石川一雄被告に対し、死刑という極刑を下している。
一巡査でありながら、事件の捜査過程において並々ならぬ活躍をみせた警察官=関源三氏は退職後、某市役所で嘱託として働きながら、この事件の経緯を一体どのような心境で眺めていたのだろうか。

『皺の深い、じつに律儀そうな人で、訥々と話すんだなぁ。あんな大それたことができるだろうか』
『律儀だからこそ、使命感に燃えて物証を補強したんじゃないかな』
こう語るのは「ドキュメント 狭山事件」で佐木隆三と共に取材を行なったルポルタージュ専門グループ文殊社のメンバー。(『犯罪するは我にあり 佐木隆三文学ノート』182頁より)