アル中の脳内日記

アル中親父による一人雑談ブログ

狭山の黒い闇に触れる 1367 【第一審判決】③

                             【狭山事件第一審判決】

                                  罪となるべき事実

第三、前記のように中田善枝を殺害した後、前記雑木林内において、かねて用意の前示脅迫状を取り出し、脅迫文中の現金二十万円を持って来るように命じた日時「4月28日」を「5月2日」に、場所「前の門」を「さのやの門」に、それぞれ所携のボールペンで書き直し、もって五月二日夜十二時に女の人が佐野屋の門の前に現金二十万円を持参すべき旨及び金を持って来れば子供は無事に返すが、もし金を持って来るのが一分でも遅れたり、警察に知らせたりしたら子供は殺す旨の脅迫文に訂正し、なお封筒の宛名「少時様」を斜線で消し、その下方に「中田江さく」と記載して中田善枝の父の宛名にしたうえ、これを中田善枝から強奪した手帳の中に挿入してあった前記身分証明書と共に右封筒に入れ(同押号の一は右脅迫文と封筒)、前記のように善枝の死体を一時芋穴に隠した後、同女の自転車を利用して同日午後七時三十分頃、狭山市大字上赤坂⚫️番地の中田栄作居宅に赴き、表出入口の二枚の硝子戸の合わせ目隙間から右脅迫状を差し入れ、間もなく同人をしてこれを開読するに至らしめてその旨畏怖させ、よって同人から前記金員を喝取しようとしたが、同人において直ちに警察に届け出たことから、被告人の指示した翌五月二日午後十二時頃より、同市堀兼七⚫️三番地の二、酒類雑貨商"佐野屋"こと佐野良二の店舗附近に警察官が張り込みを為すに至り、翌三日午前零時十分過ぎ頃、同所に金員を受け取るべく出向いた被告人において、前記指示に基づいてそこに来た善枝の姉登美恵と問答中、同女以外にも附近に人のいる気配を感じて逃走したため、右金員喝取の目的を遂げなかった。

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第四、

(一)石田一義、東島明、石田義男と共謀のうえ、昭和三十七年十一月十九日頃、狭山市北入曾六⚫️三番地、東亜電波工業株式会社建築現場において、光陽建設株式会社代表取締役江草光太郎管理に係る杉材十六本(十・三糎角、長さ三米、時価合計約二万三千二百円相当)を窃取した。

(二)荻野清と共謀のうえ、昭和三十八年一月下旬頃、同市大字堀兼七⚫️五番地横山庄平方において、同人所有の成鶏三羽(時価合計約九百円相当)を窃取した。

(三)東島明と共謀のうえ、同年三月六日頃、同市柏原千⚫️十番地、吉田利方において、同人所有の成鶏二羽(時価合計約千円相当)を窃取した。

(四)同年三月七日頃、同市大字堀兼一⚫️八七番地、高橋良平方路上において、同所に停車中の貨物自動車内より、同人所有の作業衣一着(時価約千五百円相当)を窃取した。

第五、石田一義、石田義男と共謀のうえ、同年一月七日頃、同市入間川字下平野地内薬研坂南側雑木林内において、田口藤男所有の茅約百二十束(時価合計約二千四百円相当)を窃取した。

第六、石田義男、東島明と共謀のうえ、昭和三十七年十一月二十三日頃、同市南入曾五四六番地、入間川小学校校庭において、関口健一(当時十九歳)に対し、些細なことから因縁をつけ、同人の顔面を手拳で数回殴打し、更に足蹴りにする等の暴行を加え、よって同人に対し加療約五日間を要する顔面、頭部打撲症の傷害を負わしめた。

第七、

(一)高橋良平、石田義男と共謀のうえ、昭和三十八年一月七日頃、同市大字堀兼一⚫️七〇番地、松本造方路上において、前記被害事実に金品を要求する目的で押しかけた右関口健一に対し、同人の顔面を手拳で数回殴打し、更に足蹴りにする等の暴行を加えた。

(二)同年二月十九日頃、同市入間川二⚫️四〇番地の路上において、竹内賢(当時二十二歳)に対し、些細なことから因縁をつけ、同人の顔面を手拳で二回殴打して暴行を加えた。

第八、昭和三十七年四月九日頃、所沢小型自動車販売有限会社狭山営業所長大野稔より代金完済まで所有権を留保する特約のもとに同会社所有の軽自動二輪車ヤマハ号二五〇cc一台を代金六万五千円で月賦購入する契約をなし、右軽自動二輪車を受け取り保管中、代金完済に至らない同年六月中旬頃、同市入間川三⚫️〇七番地、石川寅夫方において、右軽自動二輪車を擅(せん)に同人に代金二万五千円で売却して横領したものである。

(続く)