【狭山事件第二審・判決】
事実誤認の主張二について。
(一)"未必的な殺意"
そこで、被告人の「本件」犯行に至る動機・経緯にさかのぼって考えると、事の起こりは、被告人は当時の生活態度などが原因で兄=六造と仲たがいするなど家庭内の折り合いが悪くなり、兄の鳶職手伝いにも兎角身がはいらず、東京都内へ出て働こうと思っていた矢先、たまたま起こったいわゆる吉展ちゃん事件にヒントを得て、自分も幼児を誘拐してその親から身の代金を喝取しようと考えるに至ったのであるが、当時は吉展ちゃんの行方は分からず、生死のほども不明であって、被告人としても幼児を殺すことまでは考えていなかったとみるのが相当であること、被告人は捜査官に対して誘拐するのに適当な幼児が見つかっていたならば善枝さんを殺さずに済んだのにと述懐している部分があること、被告人の員及び検調書の多くは殺すつもりはなかったと繰り返し供述していること、善枝さんが死んでしまったのをみて大変なことになったと驚き、少し離れた桧の下で思案中にも、善枝さんが倒れている場所まで行ってみたが、やはり死んでしまっていたと供述している箇所があること、このことと、鑑定の結果によっても、木綿細引紐で首が絞められたのは死後のことであって絞頸による窒息死ではないことなどを総合すると、一応は殺意を否定する特段の事情があると見ることもできないわけではない。言い換えると、死後の絞頸は、被告人が検察官の質問に対して極力否定しているにも関わらず、被告人としては、脅迫状を届けて帰るまでの間に被害者が万一生き返るかもしれないことを慮(おもんばか)って、死を確実にするためにやったと認めざるを得ないわけであるが(被告人がしらをきったのは死後とはいえ紐で首を絞めるのは悪い情状であるとみられるのを恐れてのことと認めざるを得ない)、そのことがかえって姦淫時に喉頭部を強圧する際には殺意がなかったことの証左であるとも一応は考えられる。
しかしながら、なおよく考究するに、当初、幼児を誘拐して身の代金を喝取するとすれば木綿細引紐でも使って幼児を然るべき場所に縛り付けておき、その間に脅迫状を持参することもできないわけではないが(七・三検 原調書で、被告人は、子供を山学校の便所に連れ込んで脅かしの手紙を子供の家に届けることを考えていたと述べている)、被告人が描いていたと思われる江田昭司方の幼稚園児その他適当な幼児が見当たらず、誘拐の対象を急に原判示のX型十字路で出会った中田善枝に転換し、原判示の経緯で同女を原判示の雑木林に連れ込んだものの、そこに被告人の誤算があったと考えられる。言い換えると、善枝は当日十六歳の誕生日を迎えた少女であるから、原判示のように同女を立木に後ろ手に縛り付け、タオルで目隠しを施して反抗を抑圧したうえ身に着けていた腕時計や身分証明書などを強取するまでの運びはともかく、仮に「俺は近くで見張っているから騒いだり声を出したりするな」と言って、付近で見張っているように見せかけ、目隠しをした(七・一検 原調書第二回)ところで、中田栄作方に脅迫状を届けて立ち帰るまでの間、同女がそのままおとなしくその場に残留しているとは到底考えられない。更にその際、劣情を催し、原判示のように同女を強いて姦淫しようとして大声を出して騒がれたにも関わらず、その抵抗を排して強いて同女を姦淫するべくその喉頭部を強圧するまでに立ち至り、既に被害者に顔を見られていることでもあるから、もはやそのままで済ますことはできない事態にまで発展した以上、死の結果の発生を認識し、且つ、認容しつつあえて同女の喉頭部を強圧し続けたものと認めないわけにはいかない。すなわち、少なくとも未必的な殺意を有していたと言わざるを得ない。要するに、前掲の諸事情はいまだもって、原判決認定の未必の殺意を否定する特段の事情とまでは認められない。
それゆえ、原判決には事実の誤認は存しないから、この点の論旨は理由がない。
(続く)
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◯この判決文も『ドキュメント狭山事件』を書き上げた佐木隆三は読んだであろうか、などと考えつつ最近取り憑かれぎみの『犯罪するは我にあり』を読む。
・・・焼きしいたけ、焼き梅干し、焼き豆腐ハンバーグを肴に焼酎お湯割りを飲む。
えぇっと何なに、佐木隆三が言うに『西口彰連続殺人事件』を取材するにあたり〜そのとき『西口彰事件の捜査と反省』という資料が存在することを知るがそれは"部外秘"とされ入手困難であるも、あらゆる手段を用いコピーに成功したとあり、ほんとうに嬉しかったと述べている。あぁ、それはとても羨ましい限りですな。更に氏は、「公判記録は犯罪の証明を中心とするが、捜査記録には追う側の生々しい息づかいが真空パックされているかのようだ。以来、事件を取材するたびに、一級資料として捜査記録は欠かせない。狭山事件 丸正事件となれば、なおさらであるが、入手が困難になった」と述べ、昨今のプライバシー保護を嘆いている。
