アル中の脳内日記

アル中親父による一人雑談ブログ

狭山の黒い闇に触れる 1361 【判決】60

                      【狭山事件第二審・判決】

                               「総括として」

   以上、客観的証拠(証拠物、鑑定結果その他信用するに足りる第三者の証言等)を中心に据えて、これと被告人との結び付きを個別的に検討してきたのであるが、これを総合的に考察しても、被告人が犯人であることに疑いはない。すなわち、

(1)中田栄作方に届けられた脅迫状(封筒のあて名部分を含む)は被告人の筆跡であること、

(2)五月三日佐野屋付近の畑の中から採取された足跡三個は、被告人方から押収された地下足袋によって印象されたものと認められること、

(3)被告人の血液型はB型(分泌型)で被害者の膣内に存した精液の血液型と一致すること、

(4)被害者を目隠しするのに使われたタオル及び同女の両手を後ろ手に縛り付けるのに使われた手拭いにつき被告人は入手可能の地位にあったこと、

(5)死体埋没に使われたスコップは石田一義方豚小屋から五月一日の夜間に盗まれたものであるが、被告人はかって同人方に雇われて働いていたことがあって、右小屋にスコップがあることを知っており、容易にこれを盗み得たであろうこと、

(6)中田栄作方の近所の内田幸吉が、脅迫状が中田家へ届けられたころ、内田方を訪れて中田栄作方はどこかと尋ねた人物は、被告人に相違ないと証言していること、

(7)五月三日午前零時過ぎころ佐野屋付近で犯人の音声を聞いた中田登美恵及び増田秀雄は、いずれも犯人の声が被告人の声とよく似ていると証言していることなどの状況は、被告人の自白を離れても認めることのできる事実であり、且つこれらの状況は相互に関連しその信憑力を補強し合うことによって、脅迫状の筆跡が被告人の筆跡であることを主軸として被告人が犯人であることを推認させるに十分であり、この推認を妨げる状況は全く見いだすことができない(このことは、先に述べた本事件の捜査の経緯に徴しても明らかなところである)。しかも、被告人の自白に基づいて調査した結果、

(8)六月二十一日には、被害者の鞄が発見され、

(9)被告人が五月一日中田家へ脅迫状を届けに行く途中鎌倉街道で追い越されたという自動三輪車は吉沢栄運転のものであったこと、また、被告人が中田方近くの路上に駐車しているのを見かけたという自動車は大沢徳太郎の車両であることが判明し、

(10)六月二十六日には、被告人のいうとおり、自宅勝手場出入口の鴨居の上から被害者の所持品である万年筆が発見され、

(11)七月二日には、被告人が捨てたという場所の近くから、被害者の所持品である腕時計が小川松五郎によって発見され、警察へ届けられており、これらの状況を併せ考えると、被告人が犯人であることはもはや疑いはないというべきである。

   加えて、死体の状況や死体と前後して発見された証拠物によって推認できない犯行の細部の態様について、被告人は詳細に供述しており、且つ、自白と物的証拠との間に合理的疑いをもたらす程の矛盾は認められない。

   ここで被告人の自白と客観的状況とが合致する一例を補足すると、被告人は三人犯行を自白した初期の段階である六・二一員青木調書(第二回)中で、「私は中田さんの庭の西側の端を通って家の西端から玄関の方へしゃがむように屈(こご)んで行き、ガラス戸とガラス戸の合わせ目の下の方から三尺くらいの高さのところへ手紙を差し込んできました。その時、隙間から見たら家の中には小母さんのような人が居たようでした」と供述しているところ、五・四員関口邦造作成の実況見分調書添付の写真(二冊五三一丁)及び原審検証調書添付の写真(2)・(3)を見ると、中田方の玄関の二枚の引き戸は腰板の上部が四段のガラス張りで、ガラス張りの下から二段目が素通しになっており、被告人のいうとおり、そこから内部の様子を窺うことができることが分かる。この点、被告人の供述内容は客観的状況と一致していて信用度が高く、巧(たく)まずして(注:1)犯人でなければ知り得ない事実を露呈していると認められる。

(脅迫状が差し込まれていた玄関のガラス戸。写真中央下部に見える白色の物は脅迫状が差し込まれていた状況を再現したもの)

(同じガラス戸を外側から見たところ。指示しているのは被害者の姉。なお写真二点は"無実の獄25年・狭山事件写真集=部落解放同盟中央本部中央狭山闘争本部・編、解放出版社"より引用)

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   なお、原判決も説示しているところであるが、他に共犯者がいる疑いは全くなく、犯行の態様、殊に犯行が長時間にわたっており、その場所的関係も広範囲に及んであるけれども、被告人の体力や腕力からみて、単独で犯行を遂行することは十分可能である。

   しかして(注:2)、被告人の当審公判廷における供述は、詳細且つ具体的ではあるが、既に検討を加えてきた関係証拠に照らして、到底信用することができない。

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注:1「巧(たく)まずして」=これの類語として『図らずも』『期せずして』などがある。

注:2「しかして」=けれども。だが。なのに。

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   ◯ところで、狭山事件の概要を知るにあたっての好書は、関連書籍を見渡す限り『ドキュメント 狭山事件』(佐木隆三=著)に尽きるのではないかと思っていたが、先日手に入れた氏の著作物を読み、その思いは確信へと変わった。もちろん弁護士や鑑定人が執筆した書籍はこの事件をある程度理解した後、必読の書となることはむしろ避けられないが、事件を知るきっかけという意味では、この分野を得意とする作家が手がけた作品、すなわち前述の、『ドキュメント 狭山事件』こそが本件に接触する手段として最良であろう。

   さて、先日手に入れた氏の著作物とは、すでにこのブログへ載せたが、写真下のブツである、

所沢駅前の、くすのきホールで開催された古本まつり本会場内を徘徊中これを発見する。当日、老生の脳内検索システムでは、探索する古書の手掛かりとして、事件の「事」及び犯罪の「犯」並びに冤罪の「冤」なる文字で始まる古書の背文字を目で追っていたが、これにまさしく該当する「犯」なる背表紙を認め、0.002秒後には我が手中に収めた。周囲を警戒しながら背文字を目で追うと「犯罪するは我にあり」とあり、著者は佐木隆三である。値は四百四十円とありこの日の勝利を確信する。

古本市での勝利という意味を今ここで詳細には述べないが、一般的に言えば、読みたい本が買えたというところである。この本については再び触れよう。