アル中の脳内日記

アル中親父による一人雑談ブログ

狭山の黒い闇に触れる 1360 【判決】59

 

                      【狭山事件第二審・判決 】

(玉石・棒切れ・ビニール片・丸京青果の荷札・残土・財布・三つ折財布・筆入れについて)

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(7)筆入れについて。

   所論は、被害者の未発見所持品のうちに筆入れがある、被告人は自白中で教科書類を埋める際に鞄を逆さにしたとき筆入れが落ちたので、その蓋を開けてみると中に万年筆が入っていたので、また蓋をしてジーパンの腰のポケットに入れて自宅へ持ち帰り、万年筆を取り出して筆入れを風呂場で燃やしてしまったといっている、しかし、価値のない、しかもポケットに入れて持ち歩くとガタガタ音がするような筆入れを、脅迫状を中田家へ届けに行った往復の長い道程をわざわざ持ち歩いたという供述は極めて不自然である。筆入れに関する自白内容は不合理、不自然であって信用できないというのである。

 

   いかにも、筆入れに関する被告人の自白内容には不自然なところがある。ところで、先にみたように、万年筆は被告人が「四本杉」で脅迫状の宛名などを訂正するため、被害者の鞄の中を探って筆入れの中から取り出して使用したと認めざるを得ないのであるから、教科書を捨てる際に万年筆在中の筆入れを奪取したという供述は、奪取の時期と場所に関して意識的に虚偽を述べたと認めざるを得ない。そして、万年筆在中の筆入れをズボンの後ろポケットに入れたまま中田家へ脅迫状を届けに行ったという供述部分も、こと筆入れに関しては疑いがないわけではないけれども、被害者の鞄の中に筆入れが入っていたところ、それがなくなっていること、及び被告人が筆入れを自宅へ持ち帰って風呂場で燃やしたと供述していること、並びに万年筆が後に勝手場出入口の鴨居から被告人の自供に基づいて発見されたことをかれこれ総合すると、万年筆など在中の筆入れ一個を強取したのは、「四本杉」においてであると認めるのが相当である。

   しかるに原判決は、判示第一の事実中で「同女が自転車につけていた鞄の中にあった同女所有の万年筆一本など在中の筆入れ一個を強取した」旨認定判示し、その「鞄類の発見経過について」の項で「教科書類を埋没する機会に取り出した筆入れの中にあった万年筆一本・・・・・・」と説示しているところからみると、万年筆在中の筆入れを強取したのは教科書類を埋没した際で、その場所であると認定したものと解せざるを得ないのであるから、原判決は、万年筆在中の筆入れを強取した時期と場所については事実を誤認したといわなければならない。しかし、被告人は既に被害者の腕時計や身分証明書挿入の手帳を強取して強盗の身分を取得していたのであるから、右認定の誤りは、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認に当たらない。

 

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◯筆入れに関してであるが、『狭山差別裁判・第7集』(発行=部落解放同盟中央出版局)という本の中に次の記述がみられた。一部引用する。

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    第二審において脅迫状の訂正が石川君の『自白』に言うようにボールペンでなく万年筆であることが明らかになるに及んで、検察官、寺尾判決は共に第一審判決の誤りを認め、この訂正が被害者の万年筆でなされた、とその主張を変更した。

   それに伴って、寺尾判決は筆入れを取った場所も「難しい本やノートを出す時」(六月二十六日・原調書)即ち教科書類を捨てた場所から、脅迫状の訂正を行なった「四本杉」に変更するのである。そして、この変更に伴って生じる様々の問題については飛ばして、「鞄の中に筆入れが入っていた」→「(筆入れを)自宅へ持ち帰って風呂場で燃やしたと供述している」→「万年筆がのちに勝手場入口の鴨居から被告人の自供に基づいて発見された」と、点を『自白』でつないで、「筆入れ一個を強取したのは『四本杉』においてである」と推測するのである。

   寺尾(裁判長)が言うように石川君が「四本杉」で筆入れをとったとすると、石川君は死体を芋穴まで運んだあと、一度自転車のところまで行き、荷掛け紐をほどいて鞄を降ろし筆入れだけ取り出して、もう一度鞄を自転車にくくり付けなければならない。そして『四本杉』に戻って脅迫状を訂正し、ジーパンのうしろポケットに筆入れを入れ、縄を探しに行き、死体の芋穴吊るしをやらなければならない。そして、教科書類・鞄・荷掛け紐を捨てる時にもポケットに入れたまま、"鉛筆などをがたがた"音をさせながら行動し、家まで持って帰らなければならないのである。自転車まで筆入れを取りに行くという"自白"にない作業が一つ増え、しかもジーパンのうしろポケットから落ちる可能性は大きくなり、ガタガタ音のする筆入れを途中で捨てずに家まで持って帰らなければならない必要性はさらになくなるのである。

   寺尾判決は、石川君が「(筆入れ)奪取の時期と場所に関して意識的に虚偽を述べた」とするのであるが、そのためには意識的に嘘をつくだけの理由がなければならない。意識的に何かを行なうということは、はっきりとした目的があるということである。自転車まで万年筆を取りに行ったことを意識的に隠さなければならない目的を、寺尾裁判長は示さなければならないのである。

                                            ♢

   ・・・なお、自白どおりであれば、ジーパンのうしろポケットの左右どちらかには、中田家へ届けることになる脅迫状がすでに収められていることから、判決のいうように筆入れをうしろポケットへ無造作に入れると、場合によっては脅迫状が押しつぶされるのであり、脅迫状を収めたポケットととは反対側のポケットへ筆入れを収めることとなろう。些細なことだが、このような描写が自白にはなく、判決でも触れられていない。第一、事件当日の朝に家から持って出た弁当箱についても自白調書、公判廷、判決文はまったく触れておらず、この弁当箱の行方はわからないままである。

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   ◯先日入手した『消えた警察官 菅生事件の真相』だが、改めて読んでみると、とてつもない事件であったことを再確認する。

内容が内容だけに、なるべくこの時代の雰囲気をも味わうため、当時発刊された本で読むに尽きる。

   昭和32年4月30日 初版(帯の半分が挟まっていた)。

   所沢古本まつりで購入した一冊であるが、よく見ると昨日扱った『犯罪するは我にあり:佐木隆三文学ノート』に貼られた値札と同じ店からの出品物であった。やはりこの古書店には行ってみる価値がありそうだ。