アル中の脳内日記

アル中親父による一人雑談ブログ

狭山の黒い闇に触れる 1359 【判決】58

                        【狭山事件第二審・判決 】

(玉石・棒切れ・ビニール片・丸京青果の荷札・残土・財布・三つ折財布・筆入れについて)

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(5)財布について。

   所論は、被害者が当時チャック付の財布を持っていたことは、中田栄作(五・二員調書)や証人=中田登美恵の原審(第七回)供述等、家族の供述によって疑いがない。しかし、この財布は発見されていない、犯人は被害者から腕時計や万年筆など金目のものを奪い取っているので、財布も奪い取ったとみるのが自然である、ところが、被告人の身辺からこの財布は現われず、自白によってもチャック付財布は知らないというのである、もし被告人が犯人だとすれば、この財布に気付かないはずはないし、気付かなかったとしてもどこかから発見されるはずである、この点でも被告人を犯人とするのは明らかに客観的事実に合致しないというべきであるというのである。

 

   中田栄作及び中田登美恵の各供述のほか、原審で取調べた被害者の友人=佐野とよ子及び新井良江の各七・一検調書によれば、被害者は当日七百円ないし八百円在中の紺がかった水色のビニール製チャック付財布を所持していたものと推認できる。

   ところで、被告人は六・二七検 原調書中で「私は、善枝ちゃんの物でチャックのついた"がま口"は知りません」と言い、七・一検 原調書(第二回)中で「私は女学生の制服の上着の左右のポケットと胸のポケットを探しましたが、チャック付の財布というものはありませんし、盗んでおりません。私が盗った財布というのは前に言ったとおり(身分証明書入り三つ折り財布)です」と述べていること、及び捜査の結果によってもチャック付財布が発見されていないことは、所論指摘のとおりである。

   しかしながら、被告人は、被害者の死体の首に巻き付けられていた木綿細引紐について否認しているのを始めとして、多くの点において必ずしも真相を告白していないことを考え合わせると、被害者からチャック付財布を奪取しながら情状面において不利になることを恐れて、財布が発見されていないこと、又は発見されるはずのないことをよいことに、この事実を否定しているのではないかとも考えられる。いずれにしても、この財布が発見されていないし、在中の金員についての使途関係も不明であるから、被告人が財布を奪取したことを確認することは困難である。なお、原判決も財布を奪取した事実は認定していないし、もともとこの点は起訴されてもいない。

   要するに、被告人が財布を奪取したことが確認できないからといって、被告人が犯人でないということはできない。

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(6)三つ折り財布について。

   所論は、被告人は、自白調書中で被害者の身分証明書が入っていた三つ折り財布を奪取したと供述しているが、「(その中に)金が入っていたかどうか記憶してません」とか「金が入っていたかどうか見ていないのでわかりません」とか、更に「女学生が持っていた腕時計とポケットに入っていた三つ折りくらいの財布を盗って自分のポケットに入れました。・・・・・・その財布は後で善枝ちゃん方に行く途中でどこかになくしてしまいました」(六・二五検 原調書第一回)とか、「善枝ちゃんから盗った財布は前に言ったようにジャンパーのポケットに入れておいたところ、いつの間にか無くしてしまい、帰ってみたらポケットにありませんでした」(七・二検 原調書第一回)などと言い、不自然であるばかりでなく矛盾した供述をしているのである、すなわち、自白によると、殺害後三十分以上も桧の下でこれからの行動を考えたというのであるから、奪った財布の中味を点検するはずだし、その機会も十分あったはずである、にも関わらず、財布の中味をちらりとも見ようとしない、その無関心さは自白の信憑性を疑わせるに十分である、また、財布をいつの間にか無くしてしまったというが、一緒にジャンパーの右ポケットに入れておいた腕時計が残ったのに、ポケットから腕時計よりも落ちにくい財布の方を紛失したというのはいかにも不自然な供述である、更に、仮に財布を紛失したとしても、その後、大規模な捜索が行なわれたのであるから、必ず発見されてよいはずであって、このように三つ折り財布が発見されないことは、何びとかの手、つまり犯人の手によって現在も保管されているとみられる可能性があるというのである。

 

   そこで考えるに、被告人は、捜査段階及び原審公判廷を通じて、身分証明書は三つ折り財布の素通しになっているところに入っており、その三つ折り財布は被害者を松の木に後ろ手に縛り付けた際に、被害者の上着のポケットから奪取したと供述している。もっとも、七・八検 原調書中では「善枝ちゃんの財布は三つ折りのように思いますが、・・・・・・善枝ちゃんが持っていたという写真を入れるビニール製の手帳のようになった物だったかも知れません。私は盗った財布のような物の上から写真を貼った紙がセルロイドの下に見えるようになっていたので、それを開けて、内側からその写真を取り出しました」と供述している。

   ところが、証人=中田登美恵の原審(第七回)供述、佐野とよ子の七・一検調書及び鎌田芳子の七・三員調書によれば、被害者は、身分証明書を中学校の卒業記念に贈られた手帳の表紙が素通しになっているところに入れていたことが推認され、そのほかに三つ折り財布なるものを所持していなかったことが明らかである。したがって、被告人は身分証明書が入っていた手帳のことを三つ折り財布といっているものと思われる。

   ところで、被告人は所論が指摘するとおり、身分証明書が入っていた三つ折り財布はジャンパーの右ポケットに時計と一緒に入れていたところ、自宅へ帰る途中これをどこかで紛失したといっているが、当審で取調べた一二・一八鵜川勝二作成の「カラー写真撮影報告書」の写真をみると、被告人が当時着ていたというジャンパーのポケットは深く、被告人がいうようにそのポケットから三つ折り財布だけが落ちるとはまず考えられない。そして、被告人は当審(第七回)公判廷に証人として出廷した員青木一夫に対し、「青木さんなんかが調べている間に、財布はどこへやったのかと言ったので、結局、俺は捨てたと言うとうまくないから風呂場で燃やしちゃったと言ったんだね。そしたら、長谷部さんが、なんだ燃やしちゃったのか、それじゃ、そんなものはしようがない、そんなものはしようがないから無かったことにしちゃおうかと言ったので、俺は結局どこかへ捨てたというと、どこへ捨てたと言われるので、ただ燃やしちゃったと言えばわからないと思って灰になっちゃったと言ったら、それじゃ、しようがないと言って、・・・・・・」などと発問しているが(この発問に対して、青木証人は「そういう風な供述があれば調書に書いてあると思う。捜査官としては燃やしちゃったらしようがない、なかったことにしようなどと言うはずがない」と答えている)、この被告人の発問をみると、被告人は捜査段階の供述と相違して、奪取した三つ折り財布を自宅で燃やしたと供述したことがあるというのである。なお、被告人は前段で述べたようにチャック付財布についてはこれを奪取したことを否認しているほか、先にみたように多くの点において必ずしも真相を告白しているとは考えられないのである。以上の諸点を考え合わせると、被告人の三つ折り財布を紛失したという供述も俄(にわ)かに信用することができず、被告人はこれを風呂場で燃やすなどして罪証を隠滅した疑いさえあって、被告人はこの点について故意にいいかげんな供述をしているものと認めざるを得ない。

   要するに、その処分関係は不明であるが、被告人が身分証明書挿入の手帳一冊を被害者から強取したことには疑いの余地がない。

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◯写真は事件当時石川被告が着用していた着衣であるが、ジャンパーのポケットの大きさや深さはこの写真では分からない。それ以前にこれの説明文に明らかであるが、この石川被告の着衣を警察は押収せずに返却しており、それはルミノール試験という血痕の検出法に反応を見せなかったことが理由ではないかと窺われるのである。

   着衣に血痕はなく、押収された証拠物からは被告人の指紋は検出されず、事件当日の、自白させられたルートでの被告人に対する目撃者もおらず、これらを寺尾裁判長の言い方を借りて言えば、自白を離れた客観的証拠を総合的、合理的に考え合わせると、石川被告人が本事件の犯人とは認め難いと言わざるを得ない。したがって論旨は理由がある、と言えよう。

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  ◯話は変わるが、昭和五十年五月十一日(土)、作家の佐木隆三は、『八時三十分に起きる。芙紀子(娘)と自転車で、久喜の東京電力まで滞納料金を払いに行く』とあり、翌十二日(月)は『原稿はほとんど動かない。九時五十分ぐらいから畑へ行く。キュウリ、トマト、カブ、インゲン、ハツカダイコンにハイポネックスをやり、雑草を抜く。畑の帰りに銀行と郵便局に寄り、電気・水道料金とテレビのローン(合わせて約一万円)を払い込む』という行動をとっている。そしてこの時期は原稿料の前借り等すらも頻繁に繰り返している。

   しかし彼がこの時期ここまで困窮していた理由は、実はこの裏で氏の代表作となる『復讐するは我にあり』を書き上げるための綿密で過酷な取材を遂行していたという事情があり、そこらへんの、パチンコやパチスロで債務を負い右往左往する輩等とはまったくその質が異なっていた。こういう事実を知った時、老生はたまらなく嬉しくなり、先日の所沢古本まつりに出店していた『逍遥館』の棚から四百四十円で購入した本書にこうべを垂れた。付け加えるならば、佐木隆三は酒好きだという事実を知り、勝手に好感を持つ。

この古書店にはいずれ訪問しようと思う。