

*
【狭山事件第二審・判決 】
(出会い地点について)
*
(6)所論は、証人=横山ハル、同=横田権太郎の当審各供述によると、同人らは五月一日の午後、出会い地点から「四本杉」に通ずる道路の附近で畑仕事をしており、特に横山ハルは、まさにその道路にダイハツの自動車を止めて長男と一緒に桑畑の手入れをしていたというのであるから、もし被告人が自白どおりに被害者を捕まえて「四本杉」へ連行したものとすれば、被告人はその人達や自動車を見かけたはずであり、そのことを供述したに相違ないと思われるのに、自白調書には逆に「近所には人がいなかった」(六・二七員青木調書第一回)、「その近所には誰もいなかった」(六・二九員青木調書)、「その場所の附近は畑や山で人通りもなく淋しい所で・・・・・・」(七・一検 原調書第一回)などと繰り返して供述している。このことは被告人がその日そこを通らなかったことの証左であり、この点でも被告人の自白は客観的事実に反し、信用性がないというのである。
そこでまず、証人=横山ハルの当審(第二七回)及び当審第七回検証現場における各供述、同検証調書添付の見取図(一九冊三三〇五丁)によれば、横山ハルが当日午後、長男と共に桑畑の手入れをしていたという場所は、被告人が被害者を連行して通ったという道路の西側にある、道路に接した桑畑であり、同人らがダイハツの自動車を駐車させておいた場所もその道路東側であり、当時の桑の葉の繁り具合や、同人らが桑畑の草かき作業に従事していたことを考慮しても、右道路を通る者があれば、おそらくその通行人に気付くであろうし、通行人の方でも同人らの姿や駐車中の自動車の存在に気付くであろうと思われる。
ところが証人=横山ハルは、同女が長男と共に当日桑畑へ赴いたのは午後一時前後ころで、草かきの仕事を始めて一時間くらい経過したと思われるころ、雨が降ってきたので間もなく帰宅した、時刻は正確にはわからないが、帰宅してからお茶を飲んだ記憶があり、すぐ夕飯ではなかったというのである。そして、当審で取調べた五・一四航空自衛隊入間基地司令作成の「気象状況について(回答)」と題する書面によれば、同日の入間基地附近の天気は曇りのち雨で、降雨が始まった時刻は十四時十一分で、本降りになったのは十六時三十分からであったことが認められる。したがって、横山ハルが長男と共に桑畑を引き揚げて帰宅したのは、降雨後間もない午後二時過ぎころであると認められるのが相当である。
してみれば、前述のように、被害者と犯人との出会い時刻は午後三時四十分ないし五十分ころであるから、自白のような経緯や状況のもとに被告人が被害者を連行して、その道を通行したとしても、その時点ではすでに横山ハルらは帰宅しており、その自動車も右道路附近にはなかったと認めざるを得ない。
*
次に、証人=横田権太郎の当審(第二七回)及び当審第七回検証現場における各供述、同検証調書添付の見取図によれば、当日午後、同人が息子夫婦と共に畑仕事をしていた場所は、被告人が被害者を連行して通ったという道路(前記横山ハルのいう道路と同じ)から東方へ約百十米離れた"かぼちゃ畑"であり、その"かぼちゃ畑"から右道路の方を見ようと思えば望見できる位置関係にあったことが認められる。
しかしながら、同証人らが"かぼちゃ畑"へ赴いたのは午後一時ころで、仕事中に雨が降ってきたがそのままビニールの覆いの中から"かぼちゃ"の芯を引き出す作業を続け、普通ならば約二時間くらいかかる仕事を急いでやり、時間はよくわからないが、その畑から約五百米東方にあるほぼ同面積の畑へ移動し、午後五時ころまで引き続き同じ"かぼちゃ"の手入れ作業に従事したというのである。したがって、同人らが最初の畑で作業したのは午後三時ころまでであったと認めて差し支えない。
してみれば、自白のような経緯や状況のもとに被告人が被害者を連行して右「四本杉」に通ずる道路を通ったとしても、その時はすでに横田権太郎らは、横山ハルらと同様に、最初の畑にいなかったのであるから、被告人が横田権太郎らの姿を見かけなかったとしても何ら異とするに足りないのである。
これを要するに、エックス型十字路から「四本杉」へ被害者を連行したという道筋に関する被告人の自白には客観的事実と矛盾するところはないから、論旨は失当である。
*
次回(7)へ進む。