【狭山事件第二審・判決 】
(出会い地点について)


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(4)所論は、被告人の六・二七員青木調書(第二回)添付図面(2)によれば、出会い地点の右脇の方に独立した形で樹木が書かれており、その下に「かきのき」と横書きされていること、及び原審の検証に際し立会人である検察官=原正が、「被告人が『被害者と出会った地点の附近に柿の木があった』と述べているが、その木は実は桑の木である。現在この桑の木は切られているが、当時はこのように立っていたものである」と特に指示説明している点を指摘して、桑の木と柿の木を間違えることは都会の者ならともかく、養蚕の盛んな農村育ちの被告人には絶対あり得ないことであるから、被告人の出会い地点のエックス型十字路近くに柿の木があったという自白は客観的事実と全く相違しており、この点からも被告人の出会い地点に関する自白は信憑性がないというのである。
いかにも、被告人の六・二七員青木調書(第二回)添付の図面(2)には、指摘のとおり「かきのき」が図示されており、原検事は原審の検証に際し指摘のとおりの指示説明をしている。しかし、その「かきのき」は出会い地点よりかなり離れたところに描かれていて、それが出会い地点の特定に格別意味があるかどうか明らかではない。むしろ、右図面をみると、出会い地点の十字路の特定に意味があるのは「ちやのき」「くわばたけ」「むぎばたけ」の図示であることが明らかである。そして、この「ちやのき」「くわばたけ」「むぎばたけ」という右十字路の説明は、原審及び当審における各検証の結果によって認められる十字路の状況とよく合致しているのである。そうだとすると、原検察官の右の指示は誤解によるものとみるほかなく、被告人の出会い地点に関する自白が客観的状況と相違するなどとはいえない。
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(所論は、農村で育った被告が、柿の木と桑の木とを見間違えることはないがゆえに、桑の木を柿の木と記載した被告の自白には信憑性がないと主張している。この主張に対し、場所を特定する意図で木を書いたと解釈しそれを前提とた裁判長の弁には、何か論点にズレを感じるが、しかし仮に十字路の場所を特定するために書かれたとしても、単に「木」または「雑木林」とは書かず、地元で育った被告は具体的な樹木の名を挙げ、しかもそれが誤りであるところにこの自白(調書)の背後にひそむ欺瞞性が強烈に感じられる。まったくこの判決文を読むと血圧が上がり、芋焼酎のお湯割りもはかどり、健康に害を及ぼしそうである・・・。)
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(5)所論は、被告人は六・二三員青木調書中で、被害者をエックス型十字路でつかまえた状況について、「後ろの方から自転車で女の子がやってきたので荷台のカバンを押さえた」と述べていたところ、六・二七員青木調書中では「私はこの前、後ろから来た善枝さんの自転車の荷掛けを押さえたと言ったが、それは間違いで、私はそのとき山学校の方まで行って荒神様の方へひっくりかえって来たら善枝さんとすれ違ったので荷台を押さえた」と述べ、六・二九員青木調書中でも「山学校の前あたりまで行って引き返してきた」と述べている、しかし、現に事実を経験した者が、後ろから走ってくる自転車を止めたのか、対向してくる自転車を止めたのかという点について記憶違いをするとは考えられない、この供述の変更は、捜査当局が、殺害現場への連行に都合良くするため(六・二三員青木調書第二回によると、出会い地点がエックス型十字路よりも遠くなるので都合が悪い)と、後ろから走ってくる自転車の荷台を押さえて停止させることが極めて困難であることに気付き、被告人に供述を変更させたものと考えられる、しかも自白調書では「ひっくりかえった」というが、なぜ「ひっくりかえった」かについて合理的な説明もしていない、この点についての自白には迫真性が全く欠落している、のみならず、荷台を押さえて自転車を止めたといっても、どのような姿勢で引き止めたのか、両者の位置関係はどうであったか、止める前に周囲を見渡して警戒したのか、自転車のスピードはどれくらいであったか、そのとき善枝の表情はどうであったかなどについては自白調書は全く触れていない、自白調書は読めば読むほど出会い場面を彷彿させるものではなく観念的であり、疑惑に包まれている、出会い場面の描写は、単に茫然とした観念として、捜査当局が被告人に与えたものであって、被告人自身の経験を物語るものではない、出会い地点に関する被告人の自白には信憑性がないというのである。
たしかに、被告人は六・二三員青木調書(第二回)中で「後ろの方、庚神様の方から紺色様の自転車の荷掛けに鞄をつけて、その自転車に乗ったちょっとみて女学生に見える黒っぽい上衣に同じ色のスカートをはき、白い短い靴下に黒い靴をはいた女の子が来ました。私は『用がある』と言って自転車の荷台の鞄を押さえて止めました」と述べていたところ、六・二七員青木調書(第一回)中では「私は後ろから来た善枝ちゃんの自転車の荷掛けを押さえて『チョット停まれ』と言ったと話しましたが、それは間違いで、私はその時山学校の方まで行って庚神様の方へひっくりかえって来たら、善枝ちゃんとすれ違ったのです。そして私はすれ違ってからこの前話したように善枝さんの自転車の荷掛けを押さえたのですが、その時右手で押さえました。そして善枝ちゃんが自転車を降りたから『用があるから、こっちへ来い』と言って倉さんが首っこをして死んだ山の中へ連れて行ったのです」と述べて、供述内容を変更し、その後は同趣旨の供述を維持している。
しかし、取調官の作為により、被告人をして無理にこのように供述を変更させたと疑うに足りる状況は、記録上見いだすことができない。これを素直にみれば、被告人が自ら供述内容を変えたものであって、後の供述を信用してよいものと考えられる。
また、たしかに、被害者の自転車を取り押さえた際の相互の位置関係や被害者の表情などについて被告人は詳細な供述をしていない。しかし、他の部分は具体的であって不自然なところもなく、その供述内容が観念的、抽象的で迫真力がないなどということはできない。けだし、実務の経験に徴すれば咄嗟の出来事で、しかも興奮状態にある犯人が、被害者の表情までも気にとめたり、記憶しているという方が、かえって不自然ではないかと考えられるところ、本件についてみると、当時の被告人は必ずしも表現能力に富むものとは認められないのであるから、経験事実をさほど詳細に供述したものとは思われないし、その供述を録取する取調官においても要点以外に仔細を漏らさずに調書に記載したものとも考えられないのである。したがって、取調官がいかに誘導しても、犯人でない被告人から出会い場面を彷彿させるに足りる具体的な供述を得ることはできなかったという所論には、賛同することができない。
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