

【狭山事件第二審・判決㊽】
(木綿細引紐・荒縄・ビニール風呂敷について)
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所論は、原判決は、判示第二の事実中で「附近の家屋新宅現場にあった荒縄・木綿細引紐(昭和三八年押第一一五号の六ないし九=当庁昭和四一年押第一八七の六ないし九)を使用し、死体の足首を右細引紐で縛り、その一端を右荒縄に連結して同死体を右芋穴に逆吊りにし、荒縄の端を芋穴近くの桑の木に結び付けた挙句、コンクリート製の蓋をして一旦死体を隠し」た旨認定判示しているけれども、被害者の頸に巻き付けられてあった木綿細引紐も足首に掛けられてあった木綿細引紐も、被害者の死体の上に置かれてあった荒縄も、これらが原判示の家屋新築現場にあったかどうか疑わしく、被告人のこの点に関する員及び検調書は捜査官の誘導によって得られたもので、不自然なところがあるばかりか、客観的事実とも矛盾していて信用できないというのである。
そこで考えてみるに、原判決の挙示する員大野喜平作成の実況見分調書によると、被害者の死体が発見されたとき、その頸部に木綿細引紐(前掲押第一八七の六)がひこつくし様(よう)に巻き付けられ、足首には木綿細引紐(同押号の七)が掛けられ、荒縄(同押号の八・九)が死体の上に乱雑に置かれていたことが認められる。しかも足首に掛けられた木綿細引紐の一端の固定した蛇口にビニールの切れ端がくっ付いたまま出てきたこと、これと約二十米の地点にある芋穴からよじれた形で発見されたビニール風呂敷の切断面とが符合するものであるところから、犯人がこれらの物で死体に対して何らかの作業をしたことが窺われる。これらの物証が客観的に示している状態と、被告人の自白その他の証拠とが合理的な疑いを容れる余地なく適合しているかどうかは、被告人の自白の真実性を検証する有力な尺度となることは所論が指摘するとおりである。ところで、首に巻かれていた木綿細引紐については、被告人は捜査段階及び原審の公判並びに当審における事実の取調べを通じ、終始知らないと答えている。荒縄と足首に掛けられていた木綿細引紐については、被告人は捜査段階において、中川ゑ(え)み子、椎名稔方から持ってきた旨供述していて、そのうち荒縄については、中川ゑみ子も椎名稔方の建築に携わっていた余湖正伸も共にこれを肯定するところであるが、木綿細引紐については確たる記憶がないと述べ、原審の検証に立ち会った本田進の「細引紐は玄関前に置かれていた梯子に巻き付けてあったということでした」という伝聞供述が存在しないわけではないけれども、結局のところ、木綿細引紐の出所については確たる証拠はないといわざるを得ない。思うに、脅迫文にみられるように、幼児誘拐の機会を窺っている犯人としてみれば、幼児を適当な場所に縛り付けておき、その間にかねて用意した脅迫状を届けようと考えて、あらかじめ木綿細引紐を持ち歩いていたことも考えられないわけではない。殊に、脅迫状、足跡その他これまで述べてきた信憑性に富む客観的証拠によって、被告人と「本件」との結び付きが極めて濃厚となり、被告人が「本件」の犯行を自供するに至った後においても、木綿細引紐をあらかじめ持ち歩いていたというようなことは、そのこと自体明らかに被告人に不利益な情状であり、ひいてそれが死を確実にするためこの木綿細引紐で首を絞めた紛れもない事実にも結び付かざるを得ない以上、被告人としてその出所を明らかにしないのはそれなりの理由があるのである。当裁判所としては、この疑念を否定し去るわけにはいかないのであるが、そうかといって、そうと断定する確かな証拠は存在しないし、また、被告人が偶然どこかに落ちていた物を拾って使ったと考えても、物の性質上格別不自然ともいえない。被告人の捜査段階における供述の内容には他にも不明な点があり、記録によって窺われるその供述態度を考え合わせると、木綿細引紐の出所が明確でないから被告人は「本件」の犯人ではないと一概にいうことはできない。(続く)