
(以前に撮影したこの少し痩せた猫は、のちに運良く食事係と出会い、現在では健康体であることを確認できた。その姿はまるで子ライオンのようであり独特の風格に満ちていた。係の方に心の中でそっと感謝する・・・)
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【狭山事件第二審・判決㊼】
(死体の逆さ吊りについて)
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(2)所論は、仮に死体が五月一日の夕方雨の降る中で芋穴に逆さ吊りにされ、後で引き上げられたとすれば、芋穴の北側の壁や縁に何らかの痕跡、例えば荒縄のこすれた跡とか荒縄のくずが付着しているとか壁にこすれた跡とかが残っていてよい筈であり、芋穴の底にも荒縄のくずとか被害者の上衣から脱落したボタンが落ちている筈であり、特に、被害者の頭部の傷から流れ出た血痕が発見されて然るべきであるのに、芋穴の所有者の新井千吉、芋穴の中にビニール風呂敷があるのを最初に発見した員 高橋乙彦らの各証言や、五・四員大野喜平作成の実況見分調書に徴しても、これらの痕跡が何一つ発見されなかった、かように芋穴自体の状況からみても死体が芋穴に逆さ吊りにされた事実は否定しなければならないというのである。
たしかに、所論指摘の各証拠によれば、芋穴の中からは棒切れ(棍棒といえるようなものではない)とビニール風呂敷が発見されただけで、それ以外の物は発見されていない。しかし、証人=新井千吉、同=高橋乙彦の原審及び当審各供述によれば、捜査官が棒切れやビニール風呂敷を芋穴から取り出し、又はこれらを原状に復して写真を撮影するために縄を使用して芋穴に出入りしていること、新井千吉もまた芋穴に出入りしていることが認められ、しかも血液反応検査など精密な現場検証が行なわれなかったことからすると、果たして捜査官が芋穴の原状保存について慎重に配慮したかどうかは疑わしい。したがってまた、たとえ芋穴の側壁(芋穴の口がコンクリートで固められていたことは先にみたとおりである)などに犯行時の痕跡があってもこれに気付かなかったと思われる。なお、先に説明したとおり死体頭部の裂創による外出血があったとしてもさほど多量とは認められないし、また、五十嵐鑑定人の当審証言によれば、鼻血が出た形跡も認められないのであるから、芋穴の底に血痕があった公算は乏しい。
してみれば、芋穴そのものに死体を隠したという痕跡があったかどうかは不明であるが、発見された死体に木綿細引紐や荒縄が付着していた状況、死体埋没地点と芋穴との位置関係、その他の本項の冒頭に記載したとおり所論が列挙している具体的状況からみると、被害者の死体を一時芋穴に隠したという自白には十分裏付けがある。
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(3)所論は、取調官らは捜査の結果判明した関連性のない事実を勝手に結び付けて芋穴に死体を吊り下げたという想定をし、これを被告人に押し付けて自白させたというのである。
しかし、被告人は当審(第二十六回)において、弁護人の「どういうことから死体を芋穴に吊るしたというようになったのか」との質問に対して、「死体の足に縄が縛ってあったらしいんですね。最初にそれを車で運んだろう、それでずって(原文ママ)傷になったんだろうと言われました。それから多分一人でやったといってからだと思いますが、その縄について答えられなくて、穴蔵に吊るしたと言いました。そうしたら、穴蔵に吊るせば、死んでいても生きていても鼻血が出るわけだから、そんなことはないと言われました。これは何回も言われたです。だけどほかに縄が入り用なところはないので、ただ穴蔵に吊るしたと頑張りました」と答え、また、弁護人の「見せられた縄はかなり長い縄だから、何に使ったのかといろいろ聞かれて、結局穴蔵に吊るすのに使ったと自分で考え出して言ったわけか」との質問に対して「そうです。子供のころ遊んでいて穴蔵があるということは知っていました。それから今思い出しましたがビニールが穴蔵に入れてあったと警察で言いました。それで穴蔵に下ろしたと言ったと思います」と答えており、これをみると被告人自身、取調官から不当な誘導がなされたために、死体を芋穴に隠したと供述せざるを得なかったとは言っていないのである。そして、荒縄を用いて死体を芋穴に隠し、その一端を芋穴の近くの桑の木に結び付けたというような手順などは取調官において誘導のしようもない事柄であり、また、その下で死体をいったん芋穴に隠そうと考えたという桧が存在することなどは取調官において被告人が言い出さない限り知る由もない事柄である。そればかりでなく、被告人は原審(第十回)において、犯行の概要を述べている中で芋穴に死体を隠したと自供しているのである。その他、員青木一夫、同長谷部梅吉の当審各証言に徴しても、不当な誘導がなされたことを窺わせる状況は見出せない。
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(4)所論は、被告人は犯行現場の地理に詳しく、殊に「四本杉」には死体を隠すことのできるような穴が沢山あることを知っていたのであるから、もし被告人が犯人で死体を隠す必要があれば、その穴に隠すことを考えたに違いない、あえて人に発見される危険を冒してまでも死体を芋穴まで運ぶようなことはしなかったであろう、また、そこに荒縄や細引紐があるのに、わざわざ弱いビニール風呂敷を使って足を縛ったというのは不自然である、被告人が死体を芋穴に隠したことを言い出せなかったのは「こんなことがわかると、その穴ぐらはもう使えなくなってしまうからです」と供述しているが、凶悪な犯人が他人の芋穴のことまで心配することはない筈であり、これは全く奇怪な供述である、被告人は何故"ひこつくし"様(よう)という特殊な方法で死体を縛ったかについて何の説明もしていないのは納得できないなどといい、被告人の自白調書の内容が不合理である所以(ゆえん)を縷々(るる)主張する。
いかにも、「四本杉」の中には死体を隠すことのできる場所がないわけではない。そして、被告人があらかじめ桧(ひのき)の下で、農道に穴を掘って死体を埋めることを考えたというのであれば、わざわざ縄を探しに行ったり、手数をかけて芋穴に死体を隠す必要はないと言えないわけではない。しかし、犯人の心理として、一時的にしろ死体から離れる場合は人に発見されては大変だという心理がまず働くであろうから、死体を農道に埋めるにしても、それまで芋穴の中に隠しておこうと考えてもあながち不自然であるとまでは言えず、また、恐怖心にかられて一見不合理な行動に走ったとしても不思議なことではない。そうだとすれば、縄を探しに行き、死体を芋穴に隠したという被告人の自白は別段不自然、不合理であるとはいえない。
そして、死体を芋穴に隠したことを言い出せなかったのは芋穴が使えなくなるからであるという被告人の供述は、一見不自然であるといえなくもないが、よく考えてみると、無関係な芋穴の所有者にまで迷惑をかけることに対する自責の念から言い出せなかったという趣旨にも取ることができ、それなりに理解できないわけではない。
また、先に認定したように死体を芋穴の中へ宙吊りの状態で隠したものではないから、縄はそれほど強く張りつめていたとは考えられない。とすれば、桑の木に縄の一端を結びつけることも所論がいうほど手間のかかる作業であるともいえない。
なお、「ひこつくし」様の結び方も、さほど特殊なものではなく、鳶職や農家の人達、又は荷造り作業をする人達が常用している結び方である。殊に、被告人は農奉公、土工、鳶職手伝いの経験があるのであるから、このような結び方を知っていたと推認することができる。
してみれば、被告人の自白内容には客観的事実と矛盾し、又はそれ自体に不自然、不合理なところが多い旨の論旨は理由がなく、もとより、取調官の不当な誘導若しくは強要があるという論旨もまた採用の限りでない。
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(5)所論は、死体を芋穴の中へ逆さ吊りにした際の荒縄の張り方、死体を芋穴へ下ろす動作、足首に細引紐を結び付けた手法、ビニール風呂敷と縄とを結んだ状況、荒縄と木綿細引紐との結び方、荒縄と木綿細引紐の使用方法に関する被告人の員及び検調書中の供述は変転極まりなく、このことは、被告人が死体処理に伴うビニール風呂敷・荒縄・木綿細引紐について、その使用目的、使用方法などを全く知らなかったことを示すものであり、被告人が真犯人であるならば、このような調書間の記載内容の混乱はあり得ないことであるといい、被告人の自白には信用性がないというのである。
しかして、被告人の捜査段階における供述調書には、所論が指摘するような混乱があることは否定することができないけれども、これを総合的に考察すれば、荒縄・木綿細引紐・ビニール風呂敷等の客観的証拠と整合していて、それなりに理解可能であって、被告人が死体を芋穴に隠したことを否定することはできない。
以上の次第であるから、被告人の自白と死体の状況との間には重要な点において矛盾はなく、被告人の自白は要点要点において客観的証拠によって十分裏付けられており、原判示第一ないし第三の事実を認定する限りにおいて十分信用することができる。それゆえ、この点の論旨はすべて理由がない。
(続く)
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◯何がどうであれ被告人が犯人だという裁判長の強力な意思が伝わる判決文である。この判決文を表わす言葉としては、問答無用・頭ごなしに・無理やり・言い訳無用・強引・強制的・力ずく、押し切り・ごり押し・否応なく、などが挙げられる。