

(被害者の遺体を逆さ吊りしたとされる芋穴)
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【狭山事件第二審・判決㊶】
(死体左側腹部、左右大腿部に存する擦過傷について)
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所論は、死体左側腹部、左右大腿部などには、極めて顕著に線状の擦過傷がみられる、すなわち五十嵐鑑定によると、「左側、側腹部より左鼠蹊部にわたり上外側より下内側に向かい走る線状擦過傷多数が集簇(しゅうぞく)性に存在す」、「右大腿の前外側面に於いて、鼠蹊溝直下の幅約一三・七糎、上下径約一六・〇糎の範囲に上内側より下外側に向かい互いに平行に斜走する線状擦過傷多数が存在す」「左前大腿部に於いて、鼠蹊溝直下で左右径約一〇・二糎、上下径約六・〇糎の範囲内に互いに平行に縦走する細線状表皮剝脱多数が存在す」、「下口唇左半部より顎部左半部にわたり平行にほぼ縦走する線状擦過傷四条存在す」、「右前下腿部に於いて、脛骨縁に沿い縦走する線状擦過傷若干が散在する」、「左前下腿部に於いて脛骨縁に沿い線状擦過傷若干が存在する」と記載されており、このおびただしい線状擦過傷は裸の死体が死後地面を引きずられたために生じたものと考えられる、五十嵐鑑定人は当審(第五十三回)において、「これはうつ向けの死体を引きずった時にごく付きやすい傷である」、「ぎざぎざのある棒でこすったり何かしてこういうような傷はできません」、「生活反応がはっきりしないということは先ほど申した死戦期の損傷かどうかは、はっきりしませんけれども、普通は死後損傷と見るのが普通でございます」、「これだけの擦過傷というものは相手に抵抗力のある時にはなかなか出来得るものではございません」と述べている。そして五・四員 大野喜平作成の実況見分調書中にも、「服の長さは〇・五七米、袖の長さは〇・五〇米で地面を引きずった形跡が認められる」と記載されており、死体が地面を引きずられたことを衣服に残った痕跡から判断している。死体は何らかの理由で引きずられたことは明らかである、ところが被告人は、はっきりと死体を引きずったことを否定しているのである。すなわち、被告人は七・八検 原調書中で、「善枝ちゃんを穴倉の所まで運んだり穴倉から埋めた所まで運んだ際は両手で首付近と足を抱える様にして運びました。引きずって行った様なことはありません」と述べているのである、以上のとおり自白によっては死体に存在するおびただしい擦過傷の成因を説明することはできない、ここでもまた自白が客観的事実に合致しないことを明瞭に露呈している、もっとも、これらの擦過傷は死体を芋穴へ吊り下げる際又は引き上げる際に芋穴の壁に死体が触れて生じたのではないかと考えることができるかも知れない、少なくとも、原検察官がそのように考えたことは確かである、原検察官は当審(第十七回)において、「死体を引きずったという自白はありませんが、芋穴で死体を上げ下げしたときに腹のところに擦過傷ができるという風に思ったのです」と証言しており、これに見合うように被告人の六・二五員 青木調書中の「このとき善枝さんは穴倉の壁にさわって上がって来たと思います」との供述があり、七・八検 原調書中でも「善枝ちゃんの体は穴の壁に擦れながら引き上げられたわけです」との供述がある、しかし、そもそも死体を芋穴に逆さ吊りしたという前提事実に疑問があるし、死体が芋穴に逆さ吊りされて、芋穴の壁に触れて吊り下ろされ、また引き上げられたとしても、果たして死体にみられるような整然とした擦過傷が生ずるかどうかは極めて疑わしく、殊に芋穴の壁は柔らかい土であるから、このようにはっきりした擦過傷が付くものとは考えられないし、あるいはコンクリート製の蓋に擦れたりすればもっと深く、生々しい傷跡が生ずるに違いないのであるから、原検察官の判断は単なる想像にしか過ぎないというのである。
たしかに、所論指摘の各証拠によれば、死体に存在する多くの擦過傷、なかんずく(注:1)死体左側腹部、左右大腿部に存在する擦過傷は死体が何らかの理由で引きずられたことによるものと考えられる。そして、被告人が員及び検調書中で死体を引きずったことはないといっていること(ただ芋穴に隠しておいた死体を引き上げるとき死体は穴の壁に擦れながら上がってきたといっている)は所論指摘のとおりである。
しかしながら、後述するように被害者が着ていたスカートが破れたのは被告人がいうように死体を芋穴から引き上げる際にその足部が穴の外へ出たとき身体を引き出そうとしてスカートをつかんだときに破れたものと認めて差し支えなく、被告人が死体を芋穴に出し入れする際に死体が芋穴の側壁(前掲大野実況見分調書の添付写真を見ると、芋穴の口はコンクリートで縁取られて補強されておることが認められ、その上に二枚のコンクリートの蓋を乗せるように出来ている)に触れて腹部や左右大腿部に本屍のような擦過傷ができる可能性はあると考えられる。のみならず、右の各線状擦過傷は被告人が被害者を殺害後農道へ埋没するまでの間の、いずれかの時点に、いずれかの場所で死体を引きずったために生じたものと推認することもできるのである。
要するに、被告人が捜査段階において、死体に存する多くの擦過傷やその成因について供述していないことを理由に、被告人の自白全体の信用性がないかのようにいう論旨は理由がない。
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注:1「なかんずく」=いろいろあるなかでも、特に。とりわけ。
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◯判決文には、「〜いずれかの時点に、いずれかの場所で死体を引きずったために生じたものと推認することもできる」とあるけれども、この「いつ」「どこで」を明確にせずに判決文に盛り込むとは驚きである。これでいいのであろうか。