

【狭山事件第二審・判決㊲】
(死体について)
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ところで、C1c3等の損傷や殺害方法について、五十嵐鑑定人は、当審(第五十三、五十四回)において、「C1c3はいずれも着色部で、その間は皮膚の皺壁を伴う横走状皮膚蒼白帯となっていた」と証言し、「C1のような暗赤紫色部が生じたのは何故だろうか」との弁護人の問に対し、「それは、bのところに『前頸部に於いて、胸骨点上方約九・七糎の処を通り横走する蒼白色皮膚皺壁1条存在す』と書いてございますが、死体が置かれた時、首と身体の位置のくい違いによって皺ができますと、そこが蒼白になることがございます。ですから、これに表皮剝脱があるとかいう記載もございませんし、ただここだけ色が着いていたから記載したまでで・・・・・・」と証言し、また、「鑑定書の頸部所見という所に自然の皺壁によるという蒼白部は記載してございますが、索状物を使ったという痕跡は出ておりません。たとえば、きれの紐とか縄類みたいなもので締めたという痕跡は出ておりません・・・。(頸部内景)所見は頸部が索状物でない物で扼圧された時の通常の痕跡でございます。で、その扼圧した接触面が比較的広いということを意味しております。一応爪の痕などがあれば手によるものと推定できますが、爪の痕がない場合には掌で首を締めるだけが締める方法ではございません。背部からの裸締めもございます。プロレスのニードロップのように喉を押すこともございます。・・・・・・爪の痕がない限り手によるという断定はできないと思います」と、そして、「いくつかの可能性は確かにあることは判ったのですが、もう少し、たとえば、親指を拡げるような形で扼殺したとか、あるいは後ろから羽交締めで前頸部があたるような形で扼殺したとか、その辺の推測はもう少しできないでしょうか」との弁護人の問に対し、「それは、ごく難しい問題です。それは、首を扼圧して窒息死に陥らせたという場合には、気管に圧力を加えて呼吸を困難にするということの他に神経圧迫の作用が加わって参ります。迷走神経とか、あるいは顎動脈の分かれ目の所の神経叢の圧迫、そういうものが加味されてきますから、気管を完全に閉鎖したとばかりは言えない場合がございます」、「(圧迫痕著明というのは頸部所見でいうと)主に内部所見でございます」、「皮下出血は、絞殺でも同様ですけれども絞殺とか扼殺とかいう時に頸部に力が加わった場合に死ぬまで抑えっぱなしにしていれば皮下出血は起きないものであります。・・・扼殺の場合だと、どうしても力が波状的になり、強くなったり弱くなったりする、そういうので絞殺の場合よりも数多く皮下出血が認められるということです。・・・出血は力の加わった部位と必ずしも一致しない場合がございます」と、更に、「C1の暗赤紫色部1条存在するも周辺は自然消褪の状を呈し境界は不明瞭である、というこの部分は何かで特に力が加わった部分であるという風には考えられませんか」との弁護人の問に対し「私としては、こういう風な特に力が加わった時は割合境界が明瞭だと思います。特に段々色が褪せてわからなくなったという場合には、死斑に近い時が多うございます」と、「C1がやや顕著に現われているわけですけれども、それだけからは、掌によるものか、上膊、あるいは前膊によるものかなどということはどのようにも決めることはできない」との弁護人の問に対し、「皮膚の着色だけでは無理と思います、だが、絞殺ではないということは言えると思います」、「普通のこういう強姦殺人といわれるような場合では掌による扼殺が一番多いように思われます、・・・爪痕、加害者の爪による創傷がなかったということで(殺害方法を)一つに絞ることは無理だと、可能性のあるものは列記しておいた方がいいというだけのものであります。・・・前頸部を手で扼殺した場合、爪が立って爪の跡が残る時もございますし、特に親指に力が入って飛び島のような皮下出血が起こることもあります。しかし、本屍の場合はそういうものがないと、したがって接触面の広いもので扼殺したという以外、それ以上に説明がわたると無理になります。・・・(指痕)は、残る時と残らない時がございます。ですから鑑定としますれば、残っている時しか、結論として出さないわけです」と証言しており、これによれば、C1c3などの損傷は前頸部の変色部分であったことが窺われ、同鑑定人は、爪痕や指痕が前頸部にないところから、内景所見を重視して、「前頸部には、圧迫痕跡は著明であるが、爪痕、指頭による圧迫痕、索痕、表皮剝脱等が全く認められないので、本屍の殺害方法は加害者の上肢(手掌、前膊あるいは上膊)あるいは下肢(下腿等)による頸部扼圧(扼殺)と鑑定する」と結論を下したものであることが明らかである。
そうだとすれば、上田鑑定人自身「(五十嵐鑑定)添付写真第五号を私が見た所見を記載する。この写真は黒白写真でありカラー写真でない点前頸部の所見を観察するには著しく不便である。例えば、C1がどんな色調で、c3がどんな色調かもわからず色調の決定がその損傷の成因を考える上において重要な要素を為すものであることを第一にことわっておかねばならない」と言っているように、写真による死体の再鑑定には限界があることは否定できず、上田鑑定人はC1c3などの外表所見をあまりにも重視し、加害者がC1c3間を幅広い索状体で扼頸して死に致したものと推定したものとみるほかはなく、更に、内景所見の皮下出血の状態について、殊更「喉頭部下部の手掌大の皮下出血はその位置関係からみてその存在が疑わしい」としているものと思われ、同鑑定人の「被告人の供述する如く右手の親指と他の四本を両方に拡げて女学生の首に手の掌が当たるようにして首を締めたという所見は考えられない」との結論は、偏った状況判断によって一概に決めつけたきらいがあって、賛同することができない。
要するに、上田鑑定は再鑑定に必然的に伴う限界を考慮した良心的な鑑定であっても、直接死体を解剖した五十嵐鑑定の結論を左右するに足りるものとはいえない。(続く)