

以下に引用中する判決文の内容とは離れるが、狭山事件再審弁護団は数々の再現実験を遂行しており、写真は事件当夜、佐野屋前へ身代金を持参した、被害者の姉=中田登美恵の証言と、石川被告による自白との矛盾点を明らかにするために、極力当時の天候や気象の条件を同一にして行なわれた再現実験の模様である。
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【狭山事件第二審・判決㉘】
(犯人の音声について)
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所論は、原判決は「自白の信憑力」の項で、「五月三日午前零時過ぎころ、佐野屋附近で中田登美恵が聞いた犯人の音声は、被告人のそれに極めてよく似ていること」を被告人の捜査段階及び原審公判廷における自白を補強する有力な情況証拠であるとしているが、警察での声聞きは誤りが伴いやすい上、被疑者として逮捕された者をとかく真犯人と考えやすい心理状態、殊に被害者の姉としての被害感情などを考えると、中田登美恵の証言によっても犯人の声と被告人の声とが同一であるとは断定できないし、また、証人=増田秀雄についても同様であるが、殊に同証人が被害者の家族に同情していることなどを考えると、同人の証言によっても、犯人の声と被告人の声とが同一であるとは断定できないというのである。
そこで検討すると、証人=中田登美恵は、原審(第二回)において、「当夜犯人と三十米くらい離れた所で問答した。当夜は静かで声はよく聞きとれる状態であった。被告人が逮捕された後六月十一日にテープで、翌十二日には生の被告人の声を聞いたが、声全体から受ける感じがそっくりであった。声から推定される年齢も二十五、六歳で合っており、訛も土地の者のそれであった」旨供述しており、また、民間人として捜査に協力し、当夜佐野屋で張込みをしていた増田秀雄も、原審(第二回)において証人として、「犯人の声は、土地の方言が入っていたので土地の人だと直感した。被告人が逮捕された後その声を聞いたが、似ていると感じた」と供述している。これらの証言によれば、右証人らの身分関係、その他所論指摘の諸事情を考慮に入れても、原判決のいうように、「五月三日午前零時過ぎころ、佐野屋附近で中田登美恵が聞いた犯人の音声は被告人のそれに極めてよく似ている」と認めるのが相当である。もとより、これによって犯人の声が被告人の声と同一であると断定することができないことは、所論のいうとおりであるが、原判決もこれを被告人と犯人とを結びつける有力な情況証拠の一つとみているのであって、この判断に誤りは存しない。それゆえ、論旨は理由がない。
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◯中田登美恵以外に犯人の声を聞いた唯一の証人=増田秀雄は、犯人の声と被告人の声について、正確には次のように証言している。(警察で二時間ばかり被告人の声を聞いたがその間にあまり問答がなくよくわからなかったが)「まあ声が"おらあ"というようなところは似ていたと思う」「音声はまあ似ているんじゃないかと、決定的なものじゃなくて、なかろうかというようなぐらいの感じでした」「犯人の声が平凡ですから大体誰と特定のものは言えません」
この証言はむしろ声の同一性を打ち消しているともとれるが、これらをもって「両者の声は極めてよく似ていると認めるのが相当」との寺尾裁判長による判断はそこに何か得体の知れない独特の怖さが感じられる。