【狭山事件第二審・判決⑳】
(地下足袋・足跡について)
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次に「その二」の考察に移る。
五・二三員小島朝政作成の捜索差押調書によれば、裁判官の許可状により、五月二三日早朝被告人方の居宅玄関のコンクリート地面東側に置かれた下駄箱の右側下隅から横線模様の地下足袋二足が恐喝未遂被疑事件の現場の遺留足跡と類似するとして差押えられ、また、勝手場に至る境の所のブリキ缶の上にあった同様の地下足袋二足が、更に、風呂場入口のコンクリート上に濡れたままあった同様の地下足袋一足が差押えられ、これらが原審に証拠物として提出されてそれぞれ押第一一五号の二八の一及び二八の二となったことは記録に徴して明らかである。
ところで、六・一八県警本部刑事部鑑識課警察技師=関根政一・同=岸田政司共同作成の鑑定書並びに右両名の原審証言を総合すると、五月二四日県警本部鑑識課長=山中芳郎の下命により、前掲現場から採取した石膏型成足跡三個(鑑定資料一)と前掲被告人方から押収した前記押第一一五号の二八の一の地下足袋一足(鑑定資料二)とを受領し、これを鑑定資料として「資料一」の足跡は「資料二」の地下足袋によって印象されたものかどうかについて鑑定をしたことが認められる。
その鑑定経過は右鑑定書に詳細であるが、その中で指摘しておくべきことは、足型の測定の項に「足型測定器を使用し被疑者石川一雄の素足の足長を測定するに右足は約二三・九糎、左足は約二四糎である。次に鑑定資料(二)の地下足袋を履かせてみると、やや窮屈である模様であったが、こはぜ(注:1)は最上部まで装着した」とある箇所及び鑑定資料(二)の地下足袋は金寿印のマークで九七の文数記号があり、その本底の足長は約二四・五糎(拇趾先端から踵部ほぼ中央後端まで)足幅は約九・二糎(竹の葉型模様右側横線の前部から五本目の位置の足幅)とある箇所である。
そして、各種の検査を重ねた上、最後の考察に入り、
「鑑定資料(一)の足跡は、頭出面より観察し、足袋底に泥土が相当附着したままの状態で印象された足跡であるため、底型デザインの大部は顕出されていないが、印象面に大きな移動変型はなく、うち右足地下足袋によって印象された二個は、破損痕跡がほぼ固有の状態で顕出している。特に資料(一)の3号は、竹の葉型模様後部外側縁に著明な破損痕跡が存在し、踏付部前端外側縁部に特有な損傷痕跡が認められる。また資料(一)の2号は、拇趾先端部及び踏付部前端外側縁部に損傷部位を認められるので、いずれも決定的な異同識別資料としての適格性がある。
前述の鑑定経過においては、特にこれら破損部位の実体究明を行うため、対照足跡の印象実験並びに採型実験を反覆(注:2)実施し、さらに被疑者についてこれらの実験を行なう等措置し、比較検査においては各角度からこれを掘り下げて鑑定の客観的妥当性の確立を期した。
次に貼付地下足袋は、跣足(注:3)の足跡に準じ足跡面に歪を生じる。また磨耗形体は製造時における固有特徴と使用度等が関連し、特有な形状となるがこれらの印象条件も併せて検査した。
以上の各検査段階を総合すると、右足による足跡二個は対応する資料とそれぞれ符合している。もちろん前述の比較測定数値に若干の差異はあるが、立体足跡の場合、印象箇所・土質の柔軟の度・歩行速度・歩幅・姿勢等により重心の移行、地面に及ぼす重圧等が、その都度変化するので印象された形状も同一でなく誤差を生じるのであるが、各数値を見ると同一の履物で足跡を印象した場合の許容範囲内の誤差である。また顕出面に同一性を否定すべき特徴要素が全く存在しないので、単なる類似性または偶然性の一致等のものではないと確信した。
次に左足の地下足袋による現場足跡は、対応する資料と拇趾の傾斜状態に共通性を認められ、特有な形体ではあるが決定的な異同識別の基礎となるべき損傷特徴が顕出されていない。したがって対応する資料と同一種別・同一足長のものと言い得るが、決定的な結論には到達できない」
とした上、鑑定結果として、
「1、鑑定資料(一)の1号足跡は、同上(二)の左足地下足袋と同一種別・同一足長と認む。
2、鑑定資料(一)の2号足跡は、同上(二)の右足地下足袋によって印象可能である。
3、鑑定資料(一)の3号足跡は、同上(二)の右足地下足袋によって印象されたものと認む」
と結論している。
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◯まだまだ続くが、上記の文章を記憶しておかないと次回に苦しむことになりそうだ。
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注:1「こはぜ」=写真参照。

(地下足袋の留め金がある部分を"こはぜ"と呼ぶ)
注:2「反覆(はんぷく)」=繰り返すこと。
注:3「跣足(せんそく)」=足に何も履物を履いていない状態。裸足。素足。
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◯なるほどなぁ、などと想いながら判決文に目を通しているが、やはり酒など飲みながらでは、意に反しこのトリッキーな論理に翻弄され、裁判長の思うがままにもてあそばれてしまいかねないゆえ、今後はシラフな状態での判決文閲覧を実施せねばなるまい。