アル中の脳内日記

アル中親父による一人雑談ブログ

狭山の黒い闇に触れる 1316 【判決】⑮

                     【狭山事件第二審・判決⑮】

                       (事実誤認の主張について)

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(6)前掲六・二〇員 関調書の三人犯行説は、同一人格内部の精神の葛藤を、入間川の男とか入曾の男とかと擬人化して表現したものと見ることができ、供述内容自体からして極めて不自然な部分が認められる。なかでも、兇行後の火急の際に、字の書けない被告人が字をよく知っている名前も言えない入曾の友達から字を教えてもらって脅迫状を書いたという箇所は、極めて不自然で、供述自体からして偽りであることが明らかで、むしろ捜査官としてはこれこそ単独犯を自供する前触れとみるのが相当であろう。(なお、関係証拠によると、被告人はその際、関源三と手を取り合って涙ながらに三人犯行説を告白したということであるが、そのような状況のもとで初めて犯行を自供するような場合にすら、人間は虚偽と計算と擬態を織り混ぜるものであるということを見せつけられるのは、人生の悲哀であるが、このような人間性を直視することなしには真実に迫ることはできないと考える)。

(7)脅迫状が特定人を具体的に脳裏に描いて書いたものであることについては、文面の上部欄外に「少時このかみにツツンでこい」と書かれていること、封筒にボールペンで少時様と記載されていること、右各記載もその後万年筆を使用して青インクで脅迫状と封筒とが訂正された部分も、ともに鑑定の結果、被告人の筆跡になることが判明したことから判断すると、この点に関する被告人の捜査段階及び原審供述は虚偽であると認められ、このことと、封筒が乱雑に引き裂かれていることからして封筒は脅迫状が書かれた段階で一旦封緘されたものと考えられ、その他記録に現われた関係証拠を総合すると、被告人が極力否定するにも関わらず、近所の特定人(江田昭司宅の幼稚園児)を脳裏に描いて脅迫状を書いたとの推論が自然に成り立つわけであるが、捜査官(殊に当審における原検察官の証言一四冊一八四三丁)においても極めて強い疑いを持ちながらこの点の捜査を打ち切ってしまったのは真相の究明にとって惜しまれる。この点に関し、被告人は「庄治 この紙へ包んで持ってこうって書いたのはいいかげんに庄治って書いたんだけど四丁目に庄治っていうのが居たんだな」(七冊一九九二丁)と、とぼけて答えている。

(8)さきに詳述したいわゆる筆圧痕問題は、弁護人がその点に疑問をもって被告人に図面作成の経緯を正したところ、被告人が虚偽架空のことを述べたことがもとになって当裁判所がこれをとりあげたものであるが、鑑定の結果は結局、事実無根であることが明確となったと認めざるを得ない(そして、これが当審における訴訟遅延の一つの大きな原因となったことは否定できない)。その他にも随所に指摘することができる。

    しかしながら、他面において被告人の自白の真実性が他の証拠によって裏付けられる点も多々存することは言うまでもない。また、真偽いずれとも決め難い点も多々存在することは後述するとおりである。

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   そこで考えるに、原判決が"弁護人等の主張に対する判断"二の「自白の信憑力について」の項において、被告人の自白(捜査機関に対する各自白調書のみならず公判廷の自白を含む)につき、弁護人の、あるいは他に共犯者がおる如き、あるいは自白に基づく物証の発見経過に捜査機関その他の作為が存する如き口吻(注:1)でその信憑力を争う主張を排斥するに当たり、「しかしながら、被告人は捜査の当初、全面的に右各犯行を否認していたが、昭和三十八年六月二十日頃から一部自己の犯行(三人共犯説)を認めるようになり、次いで同月二十三日頃、捜査機関に対し全面的に自己の犯行である旨自白するに至るや、その後は捜査機関の取調べだけでなく起訴後の当公判廷においても、一貫してその犯行を認めているところであり、しかもそれが死刑になるかも知れない重大犯罪であることを認識しながら自白していることが窺われ、特段の事情なき限り措信(注:2)し得るものというべきところ、これを補強するものとして、伝々」と述べて、以下多数の補強証拠を掲げ、要するに、自白を証拠の中心に据えて、これを補強する証拠が多数存在するという理論構成をとっているのであるが、当裁判所として原判決の事実認定の当否を審査するに当たっては、むしろ視点を変え、まず、自白を離れて客観的に存在する物的証拠の方面からこれと被告人との結びつきの有無を検討し、次いで、被告人の自供に基づいて調査したところ自供どおりの証拠を発見した関係にあるかどうか(いわゆる秘密の暴露)を考え、さらに客観性のある証言等に及ぶ方法をとることとする。

   なお、科学的捜査の現段階においては、一般的に言って犯人と犯行とを結びつける最も有力な証拠の第一は、何と言っても指紋であり、次いで掌紋、足紋、筆跡、血液型、足跡、音声(声紋)、容貌、体格、服装の特徴等が考えられるが、指紋以外は未だ決定打とは言えないであろう。ところが、当審における事実の取調べの結果によると、捜査官は、本事件においても脅迫状、封筒、身分証明書、万年筆、腕時計、教科書、自転車等について指紋の検出に努めたのであるが、ついに成功するに至らなかったことが認められる。しかし、指紋は常に検出が可能であるとは言えないから、指紋が検出されないからといって被告人は犯人でないと一概には言えないのである。

(続く)

注:1「口吻(こうふん)」=話しぶりや言葉の様子を指す名詞。

注:2「措信(そしん)」=信用すること。信頼をおくこと。裁判官が用いる専門用語として使われる。