アル中の脳内日記

アル中親父による一人雑談ブログ

狭山の黒い闇に触れる 1295

狭山事件公判調書第二審4386丁〜】 

                        第七十五回公判調書(供述)

                                                                被告人=石川一雄

                                            *

青木弁護人=「野球のチームをこしらえたと言ったね」

被告人=「はい」

青木弁護人=「これは、いつ頃こしらえたの」

被告人=「これは自分が入る前にやっていたから、ちょっと分かんないですね」

青木弁護人=「あんたが野球を始める前からやっていたの」

被告人=「ええ、そうですね」

青木弁護人=「チームをこしらえていたの」

被告人=「チーム自体を菅四ジャイアンツとつけたのは、自分が入ってからです」 

青木弁護人=「これは菅原四丁目の人のチームなのかね」

被告人=「そうです」

青木弁護人=「四丁目の人だけでこしらえたの」

被告人=「勿論そうです。部落民だけです」

青木弁護人=「それで何人おったの」

被告人=「そうですねえ、十五人くらいいたんじゃないですか、青年が。年は十八才からだいたい三十二、三頃までですね」

青木弁護人=「あなたがほかの物に書いてある、チームを作っていつも野球の練習をしておったというのはこのチームのことだね」

被告人=「はい、そうです」

青木弁護人=「それで、もっと年下の子どもを集めて」

被告人=「それはだから菅四ジャイアンツじゃなく、ただ一般の人の、◯◯(印字不鮮明)だけで対抗する試合ですね」

青木弁護人=「子どもを集めてやっていたと書いてあるね。それは別にやっていたわけだね」

被告人=「ええ、そうです」

被告人=「これは、練習したり試合したりするのは、日曜日にやるのかね」

被告人=「ええ、そうです」

青木弁護人=「グランドはどうしたの」

被告人=「グランドはあっちこっちの、ほとんど入間川小学校と、入曾小学校を使ったですけれども、それが空いてない場合には、山本製作所ってあるでしょう、あそこのグランドを借りたんです」

青木弁護人=「それ、交渉に行くのは」

被告人=「交渉に行くのは三十くらいの年輩の人が、先立ってる人がやるから、自分たちは関係ないです」

青木弁護人=「関源三巡査が世話したんじゃないの」

被告人=「グランドは世話しなかったですね」

青木弁護人=「いや、関巡査が、あなたの書いたものを見ると、野球の世話なんかをしてくれたと書いてあるんじゃないの」

被告人=「グランドなんかは世話しないけど、小さい子どもなんかの野球の世話をしたですね」

青木弁護人=「あんたなんかには、別に何も世話しなかったの」

被告人=「ええ、菅四ジャイアンツには、あんまり指導しなかったですね」

青木弁護人=「だから、あんた方と関巡査との野球の関係というのは、どういうことですか」

被告人=「小学校の小さい人が、自分たちの、青年として、代表が四人くらい、一生懸命やるんですね」

青木弁護人=「あんた方が子どもたちを集めて野球させる時に、関巡査が世話をしてくれたということなのか」

被告人=「ええ、そうです。十五人くらいいますからね、菅四ジャイアンツというのは。で、九人いれば野球は出来るんですから。で、九人がほかのチームと野球をやる場合があるんですよね。そうすると三、四人余るでしょう。その場合、日曜日にやるという時は、今度は余った人が子どもたちの指導をするわけです」

青木弁護人=「それの時に」

被告人=「関さんが加わるんです」

青木弁護人=「実際にはどういうことをしたの」

被告人=「どういう風に打て、とか、バットを持って教えるんですね、こういう風に持って構えるとか、そういう細かい指導を」

青木弁護人=「それは、いつ頃から」

被告人=「自分は三十四年頃からと思ったけど、関さんが来たのは三十五年頃からというから、三十五年頃からじゃないですか」

青木弁護人=「関巡査は日曜日ごとに来ていたの」

被告人=「ほとんどそうですけど、来なかったこともありますね」

青木弁護人=「だいたいは」

被告人=「ええ、だいたい来たですね。腕章を付けて来たこともありますからね。交通の腕章があるでしょう、あれを付けて、何回も」

青木弁護人=「それで子どもの試合をやる時に、何か四丁目から賞品を出してもらったり何かしたことがあったね」

被告人=「はい、あります」

青木弁護人=「それは、どうやって。やっぱり関巡査が面倒を見てくれたこともあるの」

被告人=「賞品ですか、そんなことは全然ないですね」

青木弁護人=「そうすると、関巡査が野球で指導してくれたというのは、子どもを相手の時に、まあ、コーチみたいなことをしてくれたと、だいたいそういうこと」

被告人=「はい、そうです」

青木弁護人=「審判なんかもしてくれるの」

被告人=「勿論そうです」

青木弁護人=「それから、菅四ジャイアンツというのが試合をするね、それはどこのチームと試合するの」

被告人=「特定はないですけど、ほとんど柏原の部落のチームとやりました」

青木弁護人=「狭山のほかのチームとやったことはある?」

被告人=「ほとんどないですね。連盟に加わってるから、一年に二回くらいあるんですけど、それ以外はないですね」

青木弁護人=「狭山の人は菅四ジャイアンツとやることを避けていたのかね」

被告人=「そうでしょうね、申し込みが来なかったから」

青木弁護人=「あんたのほうから申し込んだ?」

被告人=「ええ、何回もありますけど、向こうでは他のチームとやるからと、そういう風に断られたことが何回もあります。結局はそれでやれなかったんです」

青木弁護人=「あんたが試合をするのは、だいたい柏原部落の人ですか」

被告人=「ええ。ほかに会社なんかに勤めている遠くのほうの人とやる場合は、あります」

青木弁護人=「狭山のチームの人とはやらんかったですか」

被告人=「ええ、やらなかったです」

(続く)

                                            *

   写真は当時、石川青年を含む野球チームを指導していた関源三=巡査部長である。野球を通じ気心等も知れあっていたはずであるチームの一員、石川一雄とは、それは趣味を通じた付合いとは言え、そこには自然と信頼関係が生まれていたことは想像に難くない。事実、のちに石川被告の逮捕後、手紙のやり取りや金銭の差入れを行なっている。しかし、こういった関源三の行為を「石川被告が心変わりし、無実を主張し始めることを防ぐために行なった(あるいは上司から命じられたとも)」と解釈する人々も存在しているのだが、真相は不明である。

   なお、狭山事件に関わった人々は現在ほぼ皆、鬼籍に入ることとなったが、この事件にまつわる様々な疑惑や憶測を、では誰が明らかにしてくれるのか、つまりこの事件は冤罪であったのかどうか、還暦直前の老生としては早急に明らかにしてもらいたいものである。