◯第二審の最終章とも言える本公判廷では、弁護人による石川一雄被告人に対する尋問が続いている。控訴審の冒頭で「私は善枝さんを殺してはいない」と述べた被告の生い立ちや幼少期の奉公、また職業や経歴などを明らかにして、弁護団は一体それの何をどう裁判官に訴えたいのか、ボンクラな老生にはよく分からないが、もしかすると部落差別の問題をこの尋問から引き出し、これを裁判闘争の要素の一部とする狙いがあったのかも知れない。
部落差別という問題について、被告人の答弁を知ると、どうも中部・西日本で見られるような頑強な差別とは違い、当時の狭山市におけるそれは何か牧歌的な印象を受けるのだが。
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【狭山事件公判調書第二審4373丁〜】
第七十五回公判調書(供述)
被告人=石川一雄
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青木弁護人=「その次はどこに行ったの」
被告人=「同じ狭山市の南水野の宮岡長三という市会議員のところに」
青木弁護人=「そこには」
被告人=「一年です」
青木弁護人=「やっぱり住込み」
被告人=「ええ、住込みです」
青木弁護人=「どういうことをした」
被告人=「畑、兼茶仕事というか、茶を機械で、お茶をこしらえているんですね、それで畑をしながら機械仕事を」
青木弁護人=「それからその次には名古屋万平という人のところに」
被告人=「今、ひばりヶ丘で、元田無です」
青木弁護人=「そこの家は」
被告人=「漬物屋です」
青木弁護人=「何をしていたの」
被告人=「漬物をやったり百姓をやったりですね」
青木弁護人=「漬物というのは」
被告人=「たくあんとか」
青木弁護人=「野菜を漬けるの」
被告人=「ほとんど、福神漬けとらっきょう」
青木弁護人=「そういうものをこしらえる」
被告人=「はい。根を切ったり、ここは一番辛かったですねえ。金はよくもらったけれども」
青木弁護人=「金というのは」
被告人=「小遣いです」
青木弁護人=「どれくらい」
被告人=「月に千五百円ずつくれたんじゃないですか。ただし夜遅くまで毎晩だから」
青木弁護人=「何時頃まで」
被告人=「十一時頃まで毎晩」
青木弁護人=「朝は」
被告人=「七時頃、時には四時頃起きるんですね、牛乳を絞るため湯を早く沸かさなければならないからね。自分のほかに新宅からもう一人来ていたからね、それと代わりばんこに朝早く起きていたんです」
青木弁護人=「牛乳も絞っていた」
被告人=「そうです」
青木弁護人=「年はいくつだったの」
被告人=「十五だったね」
青木弁護人=「十五で、もうそういう仕事を一人前に出来たの」
被告人=「ええ、出来ました」
青木弁護人=「ところで今、勤め先を四つ聞いたけれども、そこでは給料というものは貰っていたの」
被告人=「貰っていたかも知れませんけれども、自分は直接は全然貰わないから、親父がどうだったか」
青木弁護人=「いくらの給料で働いているかということは」
被告人=「判らないんです」
青木弁護人=「皆んなお父さんが貰って帰るの」
被告人=「貰っていたと思いますね、わからないけど」
青木弁護人=「君が貰った金というのは小遣いだけ」
被告人=「ええ、そうです」
青木弁護人=「十六の年からどうしたの」
被告人=「十六の年から土方やっていたんです」
青木弁護人=「家に帰って来た」
被告人=「ええ、そうです」
青木弁護人=「十六の年で一人前に働けたのか」
被告人=「ええ、そうです」
青木弁護人=「子供としてじゃなくて一人前の土方として働けた」
被告人=「ええ、そうです」
青木弁護人=「給料は一人前にくれた」
被告人=「だいたいくれたと思います」
青木弁護人=「これは家から通った」
被告人=「通った時も住込みもあります」
青木弁護人=「飯場かね」
被告人=「ええ、そうです。東京の東雲一丁目のゴルフ場に」
青木弁護人=「これは飯場に」
被告人=「ええ、そうです」
青木弁護人=「どれくらい行っていた」
被告人=「半年くらいじゃないですか」
青木弁護人=「土方といって、どういうことを」
被告人=「土管を埋めたり、ゴルフ場の、船の壊れたやつを直したり」
青木弁護人=「船というのは」
被告人=「船の、何か、中板なんかが剥がれたのを打つんですね、そういう仕事を、土方といってもいろいろな仕事をやっていたんです。船の荷なんかの積み上げとか」
青木弁護人=「その船の積み上げとか、直すとかいうのは場所は」
被告人=「東京の東雲一丁目のゴルフ場、そこにでかい船が来るんですね」
青木弁護人=「港か」
被告人=「はい」
青木弁護人=「そのほかの時には」
被告人=「芝を刈ったり、ゴルフ場のね、それから飛行機なんかが当時降りたんですね、今は分からないけど。その滑走路とかコンクリートじゃなかったから、しょっちゅう雨が降ると穴が出来るんで、そこに土をいれたり、そういう仕事をしておったんですね」
青木弁護人=「その当時は一日賃金はどのくらい貰っていた」
被告人=「三百五十円か四百円かですね。最後の三ヶ月間はひっかけられちゃって全然一銭もくれなかったんですね、そのゴルフ場で。だから帰って来ちゃったですけれども」
青木弁護人=「十八の年まで土方をしていたと」
被告人=「土方とか百姓仕事ですね」
青木弁護人=「百姓というのは」
被告人=「山学校に行ったりなんかしてね」(続く)
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◯被告の供述中に出てくる「東京・東雲の滑走路」を調べてみると次の情報が浮かんできた。
東京航空(東雲)飛行場=東京都江東区有明二丁目(旧深川東雲町)

これが滑走路かと目を疑うほどの光景が広がる。これは単なる荒れ放題の空き地ではないか。なお、写真奥の右側には東京電力の火力発電所、左奥に写る球形の物体は東京ガスのタンクである。老生のあやふやな記憶によると、たしか築地市場の移転先の候補地が火力発電所跡かガスタンク跡地であり、その汚染された土壌がかなり問題にされたと思ったが・・・。いや、あれは石川島播磨重工業の跡地だったか。失礼。

こちらも同じ飛行場である。
さらに同じく被告の供述中にある「東雲のゴルフ場」も確かに存在していたことが確認できた。

「東雲ゴルフ場」◯埋立地に昭和二十七年オープンし、その面積は十六万坪におよんだ。そののち、湾岸道路計画のため、用地が東京都に返還されることになり、昭和五十六年に閉鎖された。