アル中の脳内日記

アル中親父による一人雑談ブログ

狭山の黒い闇に触れる 1283

(画像は小国町ホームページより引用。なお狭山事件とは一切関係ない)

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狭山事件公判調書第二審4362丁〜】 

                        第七十五回公判調書(供述)

                                                                被告人=石川一雄

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青木弁護人=「それから、その次に、子供の時から、警察をどういうように思っていたかということを聞きますがね、子供の頃、警察というのはどういう風に思っていたの」

被告人=「こわかったですね」

青木弁護人=「そのこわいというのは、どういうわけで、こわかったの」

被告人=「何か、お袋なんか、自分たちが小さい頃、柿の木なんか、柿の実を盗んできたことがあるんです。そうすると、親父やお袋が、そういうことをきらいだから、そういうことをするとお巡りさんに連れて行ってもらうぞと、そういうことを言われたから、それでこわくなっちゃったと思うんですね、警察という所は」

青木弁護人=「お巡りに縛られるぞということも言われたの」

被告人=「ええ、そうです」

青木弁護人=「それはお父さんが言うの、お母さん」

被告人=「ええ、そう、両方です」

青木弁護人=「それで、子供の時からそう言われていたので、大人になってもそうかね」

被告人=「ええ、そうですね」

青木弁護人=「そういう子供の時の影響が残っていたか」

被告人=「ええ、そうです、警察はこわい存在だったですね」

青木弁護人=「両親はどうだったかね」

被告人=「まあ、戸籍調べなんかよく来たですね、昭和二十三年から二十五年頃まで、よく一ヶ月に一回か二回ぐらい来たですね」

青木弁護人=「一ヶ月に」

被告人=「一回か二回」

青木弁護人=「そんなに来た」

被告人=「ええ、今、まあいろんなもので見ると一年に一回とか、そういうことになってるんですがね、当時は、一ヶ月に一回か二回来たです」

青木弁護人=「前っ原に」

被告人=「ええ」

青木弁護人=「それで」

被告人=「親父なんか、ぺこぺこ頭下げてたですね。腰が低かったですね。それで、親父なんかも警察なんか、何かこわい存在でいたんじゃないですか」

青木弁護人=「お父さんもお母さんもかね」

被告人=「ええ、そうです」

青木弁護人=「そうすると、まあ早く言うと、警察の旦那ということになるのかね、言葉で言うと」

被告人=「はい、そうですね」

青木弁護人=「これはお父さんお母さんばかりかね、それとも前っ原の人は、だいたい同じだったかね」

被告人=「前っ原の人はほとんどそうらしいですね、とにかく三十四年頃までは、そうだったですね」

青木弁護人=「警察に反感を持つというようなことはなかったの」

被告人=「勿論、そういうことはなかったですね」

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青木弁護人=「部落差別のことについて聞きますが、菅原四丁目、前っ原に住んでいる子供と知って差別を受けるということを意識するようになったのはいつ頃からですか」

被告人=「差別だということがはっきり分かるようになったのは当審になってからですねえ」

青木弁護人=「それまでは」

被告人=「差別という具体的なことまで分からなかったですね」

青木弁護人=「だけど小学校のほかの子供とか、ほかの人たちから違った目で見られたり、なんか屈辱的なことを言われたということを意識するようになったのはいつ頃からですか」

被告人=「それは、小さい頃から親父やお袋なんかに、ああ言われた、こう言われたということは話しました」

青木弁護人=「こういうことを言われた、されたということをあなたがお父さんたちに言うようになったのはいつ頃からですか」

被告人=「学校へ上がって、三、四年頃からじゃないでしょうか」

青木弁護人=「それまでは、そうするとそういうことがなかったの、あっても言わなかったの」

被告人=「いや、四丁目以外には遊びに行かなかったから、それまでは分からなかったんです」

青木弁護人=「だけど学校へ行ってからは」

被告人=「そういうことはあったですねえ、汚ないからとか」

青木弁護人=「そうすると学校へ行くようになってすぐですか」

被告人=「そうですねえ、すぐですね」

青木弁護人=「そうすると、一年から」

被告人=「はい」

(続く)

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   ◯夕刻、周辺の草むらでは秋虫たちが鳴き出した。待望の秋が訪れ安堵する日々である。猛暑の中、肉体労働を耐え抜いた自分にご褒美をと、昨日、古本の販売が行なわれている「所沢 彩の国古本まつり」へ出かけた。直前まで高円寺の西部古書会館での古本市も捨てがたいなと悩むも、我がテレパシーは「トコロザワヘムカウベシ」との反応を示した。

   喜々として狭山事件の公判調書を読んでいるような老生は、完全にその読書傾向が偏っていることは間違いなく、このような偏屈者が満足できる古書が、果たして一般人向けの古本まつりに並んでいるのだろうか。

    答えは"並んでいた"である。写真の六冊を1.630円で購入。『精神病院を語る』 ・・・タイトルからみて、何かタブーに触れた対話が期待出来そうと購入。『誤殺』は昭和二十二年に福岡で起きた戦後初の誤判事件を扱ったものであり、何と被告は誤判にも関わらず死刑が執行されているのであった・・・。

   『死をみつめて"無実を訴える九人の手記"』これを購入出来たことがこの日最大の喜びであった。「帝銀事件」「免田事件」「三鷹事件」「牟礼(むれ)事件」「八海事件」「島田事件」「松山事件」「狭山事件」「仁保事件」以上の九件の事件を、既存の関連書籍とは視点を変えた形で扱っている。ここでちょっと腹黒い話をすると、この本は購入した六冊の中で一番値段が高く、と言っても500円であったが、「日本の古本屋」で検索すると3.900円ぐらいで出品されている。他の五冊も相場よりかなり安く買えたことから、この『所沢 彩の国古本まつり』における各店舗の古本の値付はおおむね良心的であると評価できよう。そして何よりも西部古書会館を捨て、彩の国古本まつりを選択した己れのテレパシーに感謝しよう。

   ・・・しかし、晩酌後に寝入るまで、いや寝入ったあとまで、草むらのコオロギがひたすら鳴いてくれるのは幸せである。大好きなレッドツェッペリンより心地良い音なのである。